第33話【痴態のあと】

 炒めたウインナーに目玉焼き、ほうれん草の味噌汁。そして炊き立ての米。

 ローテーブルに並べられたそれらを見つめ、我ながら久しぶりに自分で作った本気の朝ご飯に自画自賛してしまう。

 もちろん、沙優が毎日作ってくれる朝ごはんに比べ見た目も味も劣っているのは、作った本人が一番自覚している。

 その感謝の気持ちで頭が上がらない沙優はというと、


「うぅぅぅぅぅぅ......」


 二日酔いで苦しんでいる......のではなく、自身の昨夜の行いを激しく後悔していた。

 起きてからずっとベッドの上で、体育座りに布団を被ったまま背を向け降りて来ず。

 部屋には昨夜からの雪が積もってできた雪だるま。いや、恥辱が積もってできた、真っ白な布団を被った『沙優だるま』か。穴が無いので俺に背を向けぷるぷる震えずっとこの調子だ。


「いい加減布団から出たらどうだ。今日まで講義あるんだろ?」

「どうして吉田さんはあの時止めてくれなかったの......」

「あの時ってどの時だよ。あさみの前で俺とベロチューしたことか?」

「言わなくていいから!」


 いや沙優が言わせたんだろうが。

 普段尻に敷かれっぱなしな俺にとって、ここぞとばかりにからかって楽しむ。

 人の忠告を無視してカルーアの原液に口をつけた罰だ。

 からかいだけで済ませてやってる俺の恩情をみ取ってほしい。


「うぅぅぅぅぅぅ......昨日をやり直したい......」


「諦めろ。大人は酒の失敗を何度も繰り返して真の大人になっていくもんだ。何事も経験だが、昨日のは人の忠告を無視した沙優の完全なる自業自得だな」


「だって仕方ないでしょ。コーヒーリキュールの味がどんなものか、匂い嗅いでたら試しに飲んでみたくなったんだからさ」


 それで酔って暴走してしまえば元も子もないわけで。

 あのあと眠りにつかず俺からくっついて離れないものだから、あさみは余計な気を利かせて帰宅。クリスマスパーティーは予定よりも早くお開きとなってしまった。


「いい大人が言い訳するなんてみっともねえぞ。それよりも昨夜のこと、あさみに詫びのメッセージは送ったのか?」


「......まだ」

「何をそんなに躊躇ちゅうちょしてんだ」


 ベッドの上に放置された自分のスマホを横目に見つめる沙優。

 

「私......酔ってたとはいえ、あさみに酷いこと言っちゃったんだよ」

「まぁ、な」


 あれだけ酔って人前で痴態を晒しても、記憶はすっぽりと残っているらしく。それが沙優をより苦しめる状況へといざなった。


「あさみがいなかったら、吉田さんとまた会うこともできなかったかもしれない......本当に感謝してる。でも同時に私がいない二年間、吉田さんの傍にいられたあさみに嫉妬してる自分がいるのはずっとわかってた......恋人同士になっても許せないだなんて、私って人としての器が小さいのかな」


「......ハァ〜。ったく、なにせっかくのクリスマスの早朝からいじけてんだ!」

「ひんッ!?」


 被った布団を剥ぎ取り、手で腰をわしわしと揉んでやれば、沙優の声とは思えない甲高い悲鳴が上がる。


「ちょっ!? なにするのよし...ひゃんッ!? やめ...あふッ!?」


 大きく体を上下に揺らして抵抗するが無駄なことを。

 沙優の性感帯の場所については本人よりも心得ている自身がある。

 そして水仕事で冷えた指を直接肌へと当ててしまえば、そこがウィークポイントでなかろうが関係無い。

 

「どうだ。くすぐったいか」

「そんなことされたらくすぐったいに決まってるでしょ!」

「じゃあ俺のこと嫌いになったか?」

「なわけないじゃん!」

「それと一緒だ」

「......え?」


 ようやくこちらを向いてくれた沙優は、意味がわからないと怪訝な顔で小首を傾げる。


「あの程度で壊れるほど、お前たちの友情は脆くない。間にいる俺が言うんだ。もっと自信を持てよ」


「吉田さん......」


 あさみの気持ちは昨夜、沙優が一時眠っていたうちに確認済み。

 こういうのは俺が代弁するよりも、お互いがツールを使うなりでもいいから、直接やりとりして早々に誤解を解いた方がいい。一人で悶々としても仕方が無い。とりあえず動け、だ。

 

「......うん。そうだよね。やっちゃったことは素直に謝るしかないのに。私ったら、何をこの世の終わりみたいに思い詰めてたんだろう」


「それだけあさみが沙優にとって大事な友達の証拠だ」

「友達じゃなくて親友ね」

「わかったわかった。飯食べるの待っててやるから、早くあさみに連絡入れてこい」


 沙優は二・三回深呼吸すると覚悟を決めた表情へと変わり、あさみに直接電話をかけた。

 スマホのスピーカー越しにもあさみの驚く声が聴こえてきたが、無事に仲直りできたようで何より。


 朝食を食べ終え、急ぎ会社に向かおうと玄関で靴を履く俺を、後ろから沙優がいつものように訊ねる。


「今日は帰り何時くらいになりそう?」

「多分定時には上がれると思う。今日だって一応クリスマスだからな」


 イブではなくクリスマス当日に大事な予定を入れる人間もいるので、一昨日までに厄介な仕事は大方片づけてある。いや、会社からの指示で片づけたというべきだな。


「こっちは今日もバイトお休みだから、夕飯作って待ってるね。昨日のお返しに、今日は腕によりをかけて美味しい物を作ってあげるから」


「ただでさえ沙優のご飯は美味いのに。もっと美味しくなると思うと嫌でも期待しちまうな」

「もう、ハードル上げないの。...あ、ほっぺたにご飯粒ついてるよ」

「ん? どこだ?」


 どこについているかわからずとってもらおうとすると、不意に唇に『ちゅっ』という感触が。

 昨夜の濃厚な大人のキスではなく、まるで初々しい恋人同士がするような、軽めの、バードキス。

 雰囲気作りもなく虚を突かれる形での所作は、俺に妙な恥ずかしさを宿らせるには事足りた。


「いってらっしゃい☆ ほら、早く仕事行かないと遅刻しちゃうよ?」

「......いってきます。......覚えてろよ」


 俺から離れ、にへらと笑い見送る沙優に後ろ髪を引かれる想いを抱きながらも、悲しき中間管理職のサラリーマンに仕事を拒否する気概はなかった。

 但し定時で帰ってきたら飯よりも風呂よりもまず、激しくやってやる。何をって、そりゃナニをだ。


 一晩で銀世界へと変貌を遂げた寒さの厳しい外を、火照った身体がのしのしと、大事な人を養うために今日も歩いていく。



          ◇

 ここまで読んでいただきありがとうございます!

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