SS2【飴玉】
「またその飴舐めてる。ホント好きだね」
「ん。ああ、これか」
夕食後にノートPCでいろいろチェックしていると、隣で洗濯物を畳み始めた沙優が声をかけてきた。
「いろんなの試したけど、結局はこれに落ち着くんだよな」
「吉田さん、甘いのあんまり好きじゃないもんね」
「別にそういうわけじゃないんだが、ずっと口の中に甘さが残るのがどうもな。それに男の上司の口からイチゴやら
俺が部下だったら、間違いなくそんな上司は一歩引いてしまう。
「コーヒー味だったら普段から飲んでるし、周りも気にしないと」
「まぁな」
柿の種みたいに細長いコーヒーキャンディ。
調べてみると俺がガキの頃より以前。両親が子供の頃から既に売っていたらしい。
甘すぎず、苦すぎず。
この絶妙な味のバランスが、長年愛されてきた理由の一つなのだろう。
「タバコやめてから食べる量も増えたよね。今日だって夕飯の前にあれだけお菓子食べてたのに、ご飯二杯もおかわりしてくれて」
「最近口にするものが何でも美味しく感じるんだよ。禁煙すると味覚が戻るって話
、本当だったんだな」
最初の一ヶ月間は禁断症状が現れたりで、本当に辛かった。
何度タバコの箱に手が伸びそうになったことか。
それも沙優や職場の人間たちの助けがあってのもの。
禁煙は一人では達成できないというが、身に染みて実感できた。
これに懲りてもう二度とタバコは吸わないと改めて肝に銘じた。
「こんなことならもっと早く禁煙しておけば良かった。そうすれば誰かさんの作る料理をもっと美味しく味わえたのに」
「ふふ。ありがと」
今まで俺は、汚れ鈍った舌で沙優の料理を食べていたことになる。
それでもあれだけの美味さを感じられた。
本人の才能だけでなく努力や研鑽の成果もあるだろうが、だとしても沙優は絶対に良いお嫁さんになるという俺の予想は正しかった。
結婚もまだしていないのにおかしな話だが。
「作る側としてはとても嬉しいのですが......たまには体重計、乗った方がいいと思うよ」
「......もしかして遠回しに「太った」って言ってる?」
「さぁ。それはどうでしょう」
唇に人差し指を当てた意地悪な笑みが何より物語っている。
「安心して。もしも吉田さんが太ったらダイエット用のご飯作ってあげるから」
「全然安心できねぇよ。どこら辺が太った?」
「強いて言えば女の感? 伊達に毎晩吉田さんの相手はしてませんから」
言い方はともかく、まぁ沙優が言うならあながち本当なのかもしれない。
仕事も一旦落ち着いてきたことだし、また忙しくなる前に多少は体を絞っておかないとな。年末年始に向けて。
「そういう沙優だって、肉付きがよくなった気がする」
「え、嘘?」
「俺だって伊達に毎晩沙優の相手はしてないからな」
お返しと言わんばかりに冗談を言ってみたが、どうやら沙優はそれを本気で受け取ってしまったらしく。眉を寄せ考え込んでしまった。
「おかしいな......食べ過ぎた次の日は一駅分歩くようにしてるのに。こないだ体重測った時だってベストをキープできてたよね......」
「あの......沙優さん?」
「吉田さん」
「は、はい!」
急に呼ばれたので思わず声が上ずってしまった。
「......今日は、一緒にお風呂入らない?」
あ、そうきたか。
セックス一回分は、早足で三階まで階段を登るのと同程度の運動量に匹敵すると言われている。
加えて浴室で行えばサウナ効果も付加。
人間の女性はボクサーや格闘技の選手の次に体重を気にする生き物だということを、俺は自身の余計な一言で身を持って実感した。
「......ああ」
もちろん、彼女に上目遣いで行為を懇願されて断る男はいない。
というか、同棲してからの俺たちの夜って、こんなことばかりしているような気がするな。
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