外伝

外伝1(第0.5話)【初夜】

「ねぇ吉田さん」

「ん?」

「私たち......しちゃったね」

「......そうだな」


 ベッドの上。腕の中で呟く沙優は、にへらと幸せそうな笑顔を浮かべる。

 神聖なる存在として扱ってきた女性を抱いたことへの罪悪感は一切無く、むしろ俺の心には言葉では言い表しようのない、幸福と安心感が満ち溢れていた。


「でも沙優は19歳でもう大人だろ。だから法律的に問題無い」

「うん♪ その通りです♪」


 俺の胸に顔を擦りつけ、喜びを表現する沙優。

 くすぐったくも心地良い感触が、本当に彼女のことを恋人として好きだったんだなと、確かな気持ちとして納得させる。


「......私、北海道に帰ってからも一度も、吉田さんのことを忘れた日はなかったよ。学校で遅れを取り戻そうと必死に勉強している時も、家で料理をしてる時もふと『吉田さん

、いま何してるかな? ご飯ちゃんと食べてるかな』って、気が付くと想ってる自分がいてさ」


「俺もだ。この部屋には沙優との思い出がいっぱいありすぎて、時折いないはずのお前のことをどこか探しちまう自分がいた」


「子供みたいだね」

「ああ。いくら大人ぶっていても、根本こんぽんは子供の頃から何も変わってないんだなって自覚したよ」


 18歳になったからと言って、いきなり精神年齢が大人になるわけではない。

 理想の大人を目指して、大人のふりを重ねていくうちに、自然と大人の外装が構築されていく。おそらくそれは一生を終えるまで続くのだろう。

 

「沙優と一緒にいると、俺の人間としての本質に気付かされる」

「それは褒められてると解釈していいのかな」

「もちろん」

「えへへ」


 沙優の髪をそっと撫で、抱き寄せる。


「恋は振られてからが勝負――だとしても後藤さんには絶対敵わないって、どこかで後ろを向いてる自分がいた。だって私がいない間にも、吉田さんと後藤さんの歴史は積み重ねられて行くんだから」


「......」


「でも今は諦めなくて良かったって、心の底からそう思ってる。大好きな人と再会できて、その上こうして繋がることができて......幸せだよ」


 呟く言葉の一つ一つが胸に刺さり、同時に申し訳ない気持ちに襲われた。


 俺は二度と、沙優の手を離したりなんかしない。


 自分の感情に善という名の蓋をして誤魔化さない。


 上目遣いで見つめる大切な人に誓いの言葉を告げようとした――その時だった。

 

 ――ピンポーン。


 二人だけの時間に突然、部屋のインターホンの音が鳴り響いた。

 お互い慌てて上体を起こし、顔を見合わせいぶかしむ。

 

「......あさみかな?」

「いや、それはないと思うが......」


 スマホにもあさみからのメッセージは入っていない。

 そもそも俺たちの進展を願っているあいつが、こんな大事な日に訪れるとは考えにくい。

 警戒しながらしばらく静観していたが、その後インターホンは鳴らず。やはりあさみではなかったようだ。

 

「多分、隣の部屋の知り合いだろ。前にもあったんだ、俺の部屋と隣の部屋を間違えて鳴らしてきて」

「そうなんだ。ちょっとドキっとしたね」


 ほっとして互いに再びベッドの上に身を委ねた。

 インターホン絡みといえば昔、早朝に沙優の兄が訪ねてきたトラウマがあるが、今はもうその心配をする必要はない。

 思えば、あの頃から周囲には俺の沙優に対する秘めた感情がわかっていたということか......随分と遠回りしてしまったものだと、自分の鈍感さに鼻を鳴らす。


「今日は泊まっていけよ」

「うん。そのつもり。久しぶりにご飯作ってあげるね」

「そりゃ楽しみだ。でも材料あったかな」


 沙優のおかげで最低でも土日くらいは料理をするようになった俺。しかし最近はその沙優のことで頭がいっぱいで、自炊を怠っていた。


「なかったら一緒に買いに行けばいいでしょ。まだあのスーパーあるよね」

「ああ。沙優お気に入りのあそこな。少し前に改装して、品揃えとかも結構増えたんだよ」

「楽しみだな」


 テーマパークに遊びに行くわけでもないのに、沙優がわくわくしているのが堪らなく嬉しかった。

 何気ない俺との思い出を大事にしてくれている――幸せすぎて涙がこぼれそうになるのを、沙優にバレないようにそっと手の甲で拭う。


「でもその前に......もう少しだけ、吉田さんに愛されてる証が欲しいな」


 お腹の下辺りを擦る沙優の瞳が、色っぽく訴えかける。


「......沙優」

「ん......あふぅぅぅ.....」


 身体を重ねても、まだ沙優を欲している自分がいる――舌の絡み合う濃厚な口づけを交わしながら秘部を弄ってやると、脳が焼き切れそうなほどの甘いさえずりで鳴く。


 結局安全日なのをいいことにその後も何度も沙優と交わり、疲れ果て手元のスマホで時間を確認した頃には、スーパーの営業時間はとっくに過ぎてしまっていた――。



          


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