第5話【女子会】

 神田さんとの親睦会当日。

 私はてっきり、吉田さんも同席するものだと勝手に思い込んでいた。仲介役なわけだし。


「沙優ちゃーん! こっちこっちー!」

 

 お店の前に到着すると、そこには柚葉さん。

 そして隣にはスラっと細く背の高い女性。

 雰囲気的に、その人が神田さんであることを察するのに時間はかからなかった。


「お久しぶりです。柚葉さん」

「うん! 前回会ったのが6月だっけ? 見る度に大人っぽくなっててお姉さん嬉しいよ」

「そんな大袈裟な」


 お世辞だとしても成長を褒めらるのは嬉しい。

 6月に会った時も思ったけど、柚葉さんも歳がそこまで離れていない、頼れるお姉さん風な印象は変わらず。懐かしさがこみ上げてくる。


「あなたが沙優ちゃんね。初めまして。吉田の同僚の神田蒼と申します」

「こちらこそ初めまして。荻原沙優と申します。今日はお誘いいただき誠にありがとうござ――」

「まぁ堅苦しい挨拶は抜きにしてさ。暑いし早く店ん中入ろうよ」

「は、はい」


 いかにも社会人っぽい丁寧な口調から急に砕けた口調でさえぎられ、目を丸くする。

 先頭の二人に案内され入った店内は、思ったより静かな空間の居酒屋だった。

 私はまだギリギリお酒を飲める歳ではないので、居酒屋に入ったのも今回が当然初めて。

 もっと騒がしい場所をイメージしていたけれど、お客さんも仕事帰りの女性ばかり。内装もおしゃれでちょっとした高級レストランっぽい。


「ひょっとして沙優ちゃん、緊張してる? 吉田と一緒じゃなきゃ嫌だった?」


 個室に案内され、そわそわとメニューに視線を向ける私に、向かいの席の神田さんは不敵な笑みを浮かべる。


「......子供扱いしないでください」

「私からしてみたら、大学生なんてまだまだお子様なんだけどなー」


 会った時から感じる、上から下まで、品定めするような舐める視線。


 私――この人苦手かも。


「まぁまぁ二人とも。せっかくの女子会なんですから、楽しく飲みましょうよ。沙優ちゃんはお酒は――」

「すいません。まだ19歳なのでちょっと」

「OK。ここのお店、アルコール以外にもフルーツ系の飲み物豊富だから安心して」

「本当ですか。楽しみです」


 個室内をピリピリとした空気が支配し、その原因は明らかに神田さんが発信源であることは柚葉さんも理解しているようで。和ませようと必死に話かけ、オススメのメニューも教えてくれた。


「......早速なんだけど、沙優ちゃん」


 飲み物が届き、三人で乾杯の音頭を簡単にとったあと。

 生ビールをあっという間に半分飲み干した神田さんが、わった目で訊いてきた。


「吉田とは週何回やってるの?」


「「!!!???」」


 あまりにも直球な質問に私と柚葉さんは揃ってむせる。


「神田さん!? 公共の場でなに学生に変な質問してるんですか!?」

「いいじゃない個室だし。誰も私たちの会話なんて盗み聞きしてないわよ」

「TPOの問題です!」


 質問をされた本人よりも柚葉さんの方が動揺し、凄い剣幕で制する。

 後藤さんを穏やかな雑食動物と例えるなら、神田さんは肉食動物――そう、まるで野生のチーターだ。

 着ている服もヒョウ柄ではないにしても、機能的なフォーマルスーツから体のラインがはっきりと分かる。細身だけど力強さも兼ね備え、相手に僅かな油断を許さない。


「......同棲前は週二でしたが、同棲してからはほぼ毎日です」

「沙優ちゃんも答えなくていいから!」

「ほほう。吉田の奴、歳の割に下半身は私と付き合ってた当時のままか。やるじゃん」

「やめてください! 変な想像しちゃうじゃないですか!」


 この人が吉田さんの初めての相手......。 

 彼が年上の相手を好きになりやすいことはわかっていたけれど、にしても後藤さんとはあまりにタイプが違う。共通しているのは二人とも顔の目立つ位置にほくろがあることくらいかな。


「じゃあ今度はまともな質問ね。吉田のどこに惚れたの?」


 真剣な表情で神田さんが私の返答を待つ。


「......優しくて、一緒にいると安心するところです」

「聞いたよ。沙優ちゃん、北海道から家出してきたところを吉田に拾われたんだってね」


 えっ、と思って柚葉さんの顔を見れば「ごめん!」と両手を合わせ、申し訳なさそうに謝っていた。


「さしずめ、大人の男性に優しくされてコロっと惚れちゃった感じ?」

「神田さん! 言い方!」

「三島ちゃんはちょっと黙ってようか」


 顔は笑っているが、声音は冷淡に切り捨てる。


「正直な話、私たち後藤さんのこと応援してたんだよね」

「は、はぁ」

「別に吉田の決めたことに文句があるわけでもないし、横から割って入ってきた沙優ちゃんにだって文句があるわけでもない。ただね――」


 テーブルに置かれた自分の生ビールに視線を預け、


「同じ人を好きになったよしみと言うか......単純に理由が知りたいのよ。北海道に帰ってからも、こうして好きな人のためにまた東京に戻ってくるなんて、簡単にできるもんじゃないでしょ。興味本位ってやつかな?」


 そう神田さんは告げた。

 別れた今でも神田さんの心の中には吉田さんがいる――でもそれはかつての意味とは違う存在。

 同僚。

 高校の先輩。

 私は失恋をした経験がないのでいまいちよく理解できないけれで、神田さんが吉田さんのことを大切に想っていることは伝わってくる。

 もっと明確に、自分自身の言葉で証明するべきだ――。



「......私の家、今時珍しくないかもしれませんが......母子家庭の、ちょっと特殊な家庭だったんです」


 身の上を話すことに迷いはあった。

 でも吉田さんへの自分の気持ちを理解してもらうにはどうしても避けられない。

 極力残酷な部分は伏せ、一つ一つ語っていこう。


「そんな感じですから、誰かに愛されている経験を感じたことが一度もなくて......あっても、それは見返りを求める愛だったり......でも吉田さんは、会ったばかりの私を本気で叱ってくれた。本物の両親以上に、私を大事にしてくれた」


 子供が悪いことをしたら怒り、叱る。

 誘惑にも負けず、吉田さんは倫理観の狂っていた私を自分の子供のように向き合ってくれた。

 初めて自分が必要とされたみたいで胸が熱くなり、嬉しかった。

  

「吉田さんとの生活の中で、この世に無償の愛があることを知りました。この人に好かれたら、どんなに私のことを大事にしてくれるだろうか。きっと毎日が幸せでたまらないだろうなぁ......気付いた時には、私の中に彼への好きの感情が大きく現れていました」


 それが明確に恋だと確信したのは、吉田さんと北海道に戻った時。


 過去と向き合い、再び絶望で折れかけた私を救ってくれた。


 母さんを必死に説得し、元の場所に戻る道筋を作ってくれた。


 今の私がいるのは、みんな全て吉田さんのおかげだ。


「初恋が実らないことは覚悟していました。吉田さんには後藤さんがいる。戻ってきたところで両想いの二人の間に、私の入り込む余地なんてない――そう思っていましたから。それでも――また吉田さんと会いたい――会って私のことを好きになってもらいたい――諦めなくて本当に良かったと、心の底から思っています」


 ただ大学生になって会うのではダメだ。

 後藤さんみたいとまではいかなくても、大人として、生きる目標を持った人間になろう。

 それこそが本当の意味での”大人になる”という意味だと、自分なりに解釈してやってきた。

 結果、その方向で間違ってはいなかったようだ。


「......わかった。沙優ちゃんの吉田アイツへの想い、充分伝わったよ」


 黙って真剣に聞いていた神田がさんが静かに頷き、口を開いた。


「正直な話、理由どうこうよりも沙優ちゃん本人の口から知りたかったんだよね。ごめんね、嫌な態度とっちゃって」


 破顔し、ニコリと微笑んで見せた。

 どうやらこれは一芝居打たれたらしい。

 やっぱり見た目の印象どおり、油断のならない女性だ。

 吉田さん、尻に敷かれてたのかな?


「三島ちゃんや橋本さんが沙優ちゃんがいい子だって言ってた理由が、なんとなくわかった気がする」

「だから言ったじゃないですか」

「そんないい子の恋敵を三島ちゃんは私と一緒に応援してたわけか」


 安堵する柚葉さんに追い打ちの一言をかける神田さん。


「だって! その時はまさか沙優ちゃんが東京に戻ってくるなんて予想も......」

「往生際が悪い。面白がって私と一緒によくバーで後藤さんの背中押してたじゃない」

「その言い方にとても悪意を感じるんですが」


 両手を前に出して柚葉さんが必死になって弁明している。

 面白がる神田さんはケラケラと笑いながら、残った生ビールを一気に飲み干した。

 頼れるお姉さんキャラは一体何処に。


「さーて、本題が終わったところだし飲み直すわよー。すいませーん! 生一つ追加でー!」

「......神田さん、いつもこんな感じなんですか?」 

「うん。ちなみに後藤さんも結構飲むペース早いから」


 そう、なんだ......。

 吉田さんも、やっぱりお酒が飲める女性の方がいいのかな?

 自分にアルコールの耐性がどこまであるのかは全くの未知数。

 吉田さんごのみの恋人を目指すなら、多少はアルコールを飲めないといけないのもしれない。


          ◇

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