第28話 夏 ⑥

 バスケットから出てきたのは保温鍋に入ったままのアヒージョ、人数分の食器、水、そして小型の炊飯器だった。覗き込んだ出穂が驚愕する。


「えっ!? 白米!? アヒージョって普通パンで食べるでしょ!?」

「アタシはおかずがお好み焼きだろうがクリームシチューだろうがうどんだろうが主食は米なんだよ!」

「こ、この人、ほんとにうどんと白米を一緒に食べるからね。この間フライドポテトでお米食べてたし」


 ふんだんに使われたオリーブオイルの匂いに食欲を誘われながらジャガイモを口にすると、固さを残した食感がほどよい口当たりをもたらした。味をしみこませながらも食感を損なわないよう、煮崩れに注意を払われたことが伝わる出来だ。

 エビもタコも、調理の余熱を残しながらも決して雑な高温では茹でられておらず、アヒージョの大味な味付けも白米のおかずにちょうど良かった。


 もちの振る舞いからは考えられない腕前の料理に、しばらくの間三人は黙々と箸を動かしていた。


 そのうち、出穂が黙って泣き始め、それに遊子がまっさきに気づき、うろたえた。


「あれ? あれ? どうしたの?」

「美味すぎて泣くやつってほんとにいるのな」

「ええ、そうなの?」

「うああああああああ」

「いや、めちゃめちゃ暴力的な人がふいに見せた優しさのせいですよ」

「ちがううううう」

「違うって言ってるよ」


 しゃくり上げながらスープを飲む出穂の背中を夏と遊子が二人がかりでさする。


「なんか最近情緒不安定だなー、お前」

「不安なんですよぉ~! もうあと五日もないじゃないですか! なんで、なんでアタシみたいな実力不足なやつがこんなことに~!」

「そりゃおめー。及川に首輪をかけるためだろ」


 ピクニックシートにごろりと寝転がったもちがそう言った。


「は? あたしに? あたしどっちかっていうとSですよ?」

「プレイの話じゃねえよ。あのな、都庁を攻めるとき一番厄介なところ、わかるか」


 夏は少し考えた。


「……何階もあるところ?」

「違うね。一番厄介なのは、ダンジョンの主が距離を置いて複数いることだ」


 都庁ダンジョンは最終フロアが南北の展望室に分かれている、という情報を夏は思い出した。


「先例から言って、ああいうダンジョンの主は一時間以内に両方倒さないと片方がまたでてくる。それが一番の問題なんだな。つまり、最終層に自信を持って送り込める戦力が二つ必要なわけだ。だっつーのに、今日本が動かせるランカーは遊子だけ。残った方にぶつけられる戦力がない」

「あのぉっ、ずっと気になってたんですけど、他のランカーの人は何してるんですか。五人もいるのに二人しか来てないじゃないですか! 七位の人とか、その人がいたらなんとかなったんじゃないんですか!?」


 涙が収まってきた出穂が、もちを責めるような口調で言った。もちはさらりと応じた。


「七位はもう日本人じゃねえからな」

「……えっ!?」


 遊子がもちに静かな視線を送る。


「もち……」

「助けなんか来ないってこと、特にこいつらにはわからせてとくべきだ」

「どういうことですか? ランキングが変わったってことですか?」


 困惑を隠せない出穂に、小さなため息を吐いた遊子が答える。


「じゅ、順位は変わってないよ。でも、七位の剣之宮さんは半年前に日本国籍を捨ててるの。もう、日本には来ないと思う」

「……なんで!?」

「わからない。私たち、あの人と個人的な交流はなかったから。私たちも、と、到着してから知らされて、黙ってるように言われたの」

「こんな事態になったんだ。トップの離脱は遅かれ早かれ広まる。むしろ今まで広まってなかったのが驚きだぜ」


 どこかで期待していたのか、呆然としている出穂の横、夏はふーんと言っただけだった。


「なんで来ないのかと思ってたら、そういうことね。じゃあ、あとの三人は? あ、二人か」

「三十四位の飯島さんは、元々諜報部隊員だったところを喧嘩別れみたいな形で出て行った人だから、もう政府にはパイプがないはず。は、八十位のターボくんも半年前に仙台ダンジョンに潜ったばかりだから、きっと出てくるのはもっと先のこと」

「んで話を戻すけど、最終フロア攻略には二大戦力が必須だ。だから政府は、一体は

確実に仕留めることができる及川を逃がすわけにはいかねーんだよ。そのためなら特注の武器も渡すし、仲のいい後輩を部隊に入れて首輪にもする。井浦の弟子がやりそうなこった」

「……ア、アタシなんて、先輩が戦う理由になりませんよ!」


 寝転がったままコップの水を飲もうとしてびちゃびちゃこぼしながら、


「しゃーねーだろ。こいつ家族と仲悪いし、なんでかしんねーけど学外で親交のある近所の成人男性二人は片方死んでて片方が捕まんねーんだから。一人だけの友人で縛り付けるしかないんだよ、真田も」


 と、もちは応じた。


「あ、おっちゃん逃げたんだ。つか、なんであたしのことそこまで知ってるんすか? 隠れファンすか」

「お前らの世代ってホントに井浦のこと知らねーのな……そこのお姉さんに話を聞いてみろよ。途中でべそかきだすから笑えるぜ」

「ま、まあ、そういう話は追い追い……ごちそうさま。おいしかったよ」


 見るからに慌てながら会話を断ち切ると、遊子は立ち上がった。


「さっ、なっちゃん、ご飯も食べたし練習を続けよう。わ、私もそろそろ武器を変えるから。調整に入るまであんまり時間はないよ」

「うーっす。ごちそーさまでしたー」

 

 二人が離れたあとも、出穂は暗い顔で座っている。


「おい、寝るならベッドで寝ろよ」

「……もちさんはなんで日本から逃げないんですか」

「そりゃお前、お前らと違ってアタシは家族と仲いいから。田舎の両親、兄貴、その子供。逃げらんねー理由があんだよ」

「……じゃあなんで先輩は。だって別に……」

「あ? 及川? それはさっき言ったじゃねえか」

「いや、先輩が残ったのはアタシのためじゃないって言ってたし……うひっ!?」


 もちは出穂の首根っこを掴んで立ち上がらせた。


「おまっ、ぐちぐちなーに言ってんだ!? 座ってたら片付けできねーのがわかんねーのかよ!」

「うひぃっ、だ、だって、気になるし! もちさんなんか引くほど知ってるし!」


 涙目になりながら強情に喋り続ける出穂を、もちはぽいと投げ捨てた。


「ぎゃん!」

「だーからさっき説明したろ! あいつを残すために国がやってんのはお前を前線に配置することだって! 以上! 歯磨いて寝ろ!」

「アタシ聞いたもん! 先輩はアタシのために戦ってるんじゃないって言ってたもん!」

「お前さあ、照れ隠しとか知らねーの? 口でどうこう言おうが、周囲と不仲のあいつが今あそこに残ってるのがすべてだろ」


 出穂は目をまん丸にしたあと、今度は静かにしゃくり上げ始めた。


「なんだこいつ……」

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