第25話 カヲル君かよ

「もうおしまいか? おっさん。俺はまだ魔法も使ってねえ」

「……」


 【見の目≪弱≫】は戦いの中で相手の手先や足先の細かい動きを観察するスキルだ。それを発動していたから、ナイフがどこから出てきたかのかは見えていた。なんでそこから出てくるのかがわからなかったんだ。


 あの強烈な一撃を繰り出した陳のナイフは、陳が着ている暑そうな服から出てきた。

 陳が右腕を不自然な動きで自分の身体へ押しつけると、左腕の中ほどからナイフの柄がひょいと飛び出てきた。それを陳が引っ張り出していたんだ。


 服に目立たないポケットをつくっていたとか服の下に隠していたんじゃない。


 そもそも、いくら厚い布地でもあの大きさのナイフは隠れない。ぶ厚いこと自体には何か意味があるかもしれないけど。


 ナイフは陳の服から現れて、槍は陳の服の中に消えた。


 すり抜けるスキルか? 

 

 いや、違う。


 こいつは先生の攻撃を二度も喰らっていたくせに、どちらもまともに受けていた。


 どうしてスキルで防がなかったのか。考えられるのは、準備が必要だったとか、ただの蹴りなら使うこともないと思ったとか。人の体は吸い込めないとか。


「……」


 人の体はだめなんだ。


 先生のレベルは俺でも確認できた。陳が時間をかけて考えたあとに自分から俺たちに奇襲を仕掛けたんだから、先生との実力差は確認していただろう。先生の攻撃をスキルで防げたなら防げたはずだ。


 先生が武器を使わず、自分の足で蹴ったから。靴を収納しても素足での攻撃は結局喰らうから、スキルを使って防ぐことはしなかったんだ。


 考えを進めたらなんとなくわかってきた。こいつはスキルで、体の表面に触れた物を収納している。俺の手槍が壊れなかったことから見ても、


「おいおっさん! ビビッてんのか!?」

「……」


 収納したものにダメージは与えられない。槍の先端だけ切り取ってしまうなんてことはできないわけだ。あくまで、なにか特別な空間にでも収める、だけ。スキル自体には攻撃力はないから、それで直接俺を攻撃することはできない。


 じゃあ次の疑問。収納できる物の量に制限はあるか。


 恐らくある。だって無限に吸い込んで吐き出せるなら槍だって穂先だけじゃなくて丸ごと吸い込めばよかっただろ。


 どれくらいの量を収納できるのかが問題だ。


「無視してんじゃねえぞ! ゴラァ!」

「……」


 俺の考えがまとまりきる前に、陳はこっちに突っ込んできた。


 中途半端だけどやるしかない。


 シールで溜められる衝撃の回数制限は六回まで。一応一回分は残しておく。

 俺はまた両足に四回分の衝撃を溜めたあと、陳にこっちからも迫った。


「……」


 そして、身構える陳の横を素通りした。


「あ!?」

「つか、お前と戦う理由なかったわ」

「……腰抜けがぁ!」


 呆気にとられたのは一瞬だけ。陳は逃げる俺の背を猛追してきた。とても腕が折れて胸も打撲のケガを負っているとは思えない走りで、槍を持ったままの俺はすぐに追いつかれる。

 俺が逃げ道を探してたことにこいつは気づいていたから、逃がすまいと追ってきたんだ。


 ここだ。


 俺は頭だけで振り返って陳の位置を把握すると、最初の打ち合いで落ちていた『ラプター』を後ろへ向かって蹴り飛ばした。

 『ラプター』は一直線に陳の顔へ飛んでいく。皮膚ではスキルは発動できない、はず。


 だけど、陳は折れた左腕を振ることで顔の前に持っていき、危なげなく『ラプター』を収納した。


「……小細工だなぁ!?」

「おう!」


 俺は『じゃじゃ馬馴らし』を横なぎに陳の胴へと叩きつけた。


「!?」


 初めて慌てた顔を見せた陳が右腕で槍を掴んで止めようとしたものの、間に合わず、やむなく槍を自身の腰で収納した。


 すると、左腕から『ラプター』が飛び出てくる。


「てめぇっ……!」

「へっ」


 思わず俺は笑った。

 



 人の体は吸い込めないっていう仮説を立てたときに気がついたんだ。


 じゃあ、収めた物はどうやって取り出してるんだ? 人の体を収められないなら、その空間から指で物をつまみだすこともできないだろ?


 陳の体だけは制限を受けないのかと思ったけど、そうじゃない。

 

 答えは【見の目≪弱≫】でしっかりと目にした光景にあった。ナイフを取り出す前、陳は自分の腕を自分に押し当てていた。腕を脇腹に押し当て、そのあとに左腕からナイフが飛び出す。あの動きの連動は、まるでナイフを腕で押し出しているようだった。


 陳は俺の手槍をそのまますべて呑み込むことはしなかった。体に収める物自体を、陳の意思で出し入れすることは出来ないんだ。だったら、右腕を体に押し当てる動作は、まさしくナイフを押し出していたのに等しい。


 陳がスキルで収納できる量は、きっとそう多くはない。だから、自分の腕、というより、服を収納することで容量を一杯にして、先に収納していたナイフを押し出していたんだ。



 俺はそれと同じことをやった。顔めがけて蹴り飛ばすことで『ラプター』を左腕に収納させ、胴に『じゃじゃ馬馴らし』をぶつけることでそれを押し出させた。


 『ラプター』は飛び出て、陳の顔を狙う。


 それすらも、陳はすんでのところで避けた。


 どうだ、と瞳で俺に語る。


「まだだぜ」


 『ラプター』でナイフを受け止めたとき。あれはお前の一撃で弾き飛ばされたんじゃない。お前の攻撃を溜めて、それを悟られないために自分で投げたんだ。


 シールで溜められる衝撃の回数制限は六回まで。足に四回。『ラプター』で一回。一応一回分は残しておいた。


 必要なかったけどな。


 指をさして言ってやる。


「シールオープン」


 『ラプター』から斬撃が放たれ、陳の顔面に真一文字の傷を深々と刻んだ。


 そして無防備な腹に鉄拳をぶち込む。体をくの字に曲げたあと、陳は吹っ飛んだ。



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 スキル名:【諸劌之勇≪劌≫】

 レア度:B+

 実用性:V区分6(WSTAによる10段階評価)

 概要:物体をスキル所持者が身に纏う物体に収めることができる。身に纏う物体の体積によって収めることのできる物体の量が決定される。収められる量は物体の体積の数値によって判断されるので、物体の形状は問わない。なお、収めることのできる量および質量の上限値はスキル所有者のレベルに依存し、これは身に纏う物体の体積によっての判断よりも優先される。

 効果対象:スキル所有者が身に纏う物体。


 

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