第20話 藤甲軍に憧れてマネしようとしてた

「急ぐ気持ちはわかるけど、危ないから、ね?」

「はい……」


 真っ逆さまに落っこちるところを先生に助けてもらった俺は、不用意に走らないようたしなめられるのを正座で聴いた。


 その俺が正座をしているのはわずかに湿り気を感じさせる黒土だ。おまけには頭上に青空と雲が広がっている。


「まさかこんな風になってるとは……」

「うん。高難度のダンジョンだとこういう場合があるんだよね」

 

 三十番目の大部屋を越えた先は、今までのいかにもな迷宮ではなくて、視界いっぱいに広がる渓谷地帯だった。通路を越えるとそこは山肌だったわけだ。

 削られた岩山がひょろひょろ立ち並ぶカルスト地形というやつ。とても地下の光景には見えない。


「……これ、仮想空間とかじゃなくて現実の景色ですか? 中国大陸の」

「うーん、なんていうか、独立した場所なんだよ、ここは。そもそも邽山けいざんって伝説の存在だし」

「え? その、けいざんって普通にある山じゃなかったんですか。チョモランマみたいに。先生、ここは中国大陸の西とか言ってましたよね?」

「チョモランマってかわいくない?」

「先生の方がかわいいですよ」

「ちょ、照れるわ~」


 けいざんってのは聞いたことがない山の名前だったけど、俺が聞いたことのある山と聞いたことのない山の数だったら比べるまでもないことだ。だから流していた。


「あのねー、説明が難しいんだけど、あのダンジョン自体は中国大陸のどこかの地下にあるんだよ。でもこの空間は別で、地表にも地下にもどこにもないの。多分ダンジョンを用意した連中が同じようにつくった場所」

「……はぁ」

「んーとね。ゲームでいうなら隠しマップ? みたいな?」

「あ、なるほど」

「これで納得するんだね」


 先生は辺りの土の様子なんかをかがんで調べている。また木の棒でつちいじりを始めた。

 俺のほっぺたを涼しい風が撫でた。ダンジョンの不快な湿り気とは違う風。どうやら本当にダンジョンとは別の空間らしい。


「先生、けいざんってなんですか?」

「……くっきー世界史とってた?」

「世界史Aでしたね」

「あー、じゃあ春秋左氏伝とか言われてもピンとこないかな?」

「古代中国の人とか国家の出来事を書いた歴史書でしょう? 関羽が愛読していた」

「おー、知ってるんだ」

「ま、図書館で三国志のマンガばっか読んでたんで」


 赴任先の上司に乱暴して出て行ったのはマンガだと張飛だったけど実際は劉備がやったことだって知ったときの驚きを思い出した。


「その春秋左氏伝に載ってるお話なんだよ。昔の中国の権力者が四人の悪人を国の四方に追いやって、そこで守りの役目をさせたっていう。邽山はそのうちの一つ。ここには窮奇きゅうきっていうのがいるはず。色んな動物の見た目を持った化け物だよ」

「……ん? それは古代中国の伝説なんですよね?」


 先生はくるりと俺の方を向いた。


「あのねくっきー。ダンジョンができて人類がはっきり気づく前から、多分モンスターたちはこの世界に送り込まれてたよ。窮奇もきっとモンスター。ここにはそのモンスターの窮奇がいる」

「……まじすか」

「まじっす。送り込まれたっていうか逃げたり忍び込んだりしてきたのかもしれないけど、世界各地の伝説とか民話の原型には魔物の影がある。古代の国家に悪人認定された人たちが追放されたのは確かだろうけど、そこから化け物扱いされたのは、多分実際に化け物がいたからだよ」

「えっ、じゃあじゃあ! ドラゴンとかは神様連中が似せたデザインの化け物が後追いで来たんじゃなくて、元々こっちの世界にいたってことですか!?」

「多分ね」

「はあ、それは、なんていうか、はあー……」


 めっちゃ胸がときめく。


「サラマンダーとかも実在してたんですかね」

「どうだろね。倒したことはあるけど」

「口裂け女とかもいたんですかね!?」

「あ、私怪談はパス」

「先生、犬好きですか?」

「? 好きだよ?」

「じゃあ人面犬は?」

「うーん……ぎりぎりキモい」

「顔が赤ちゃんなら?」

「それむしろ大人より怖いよ」


 わちゃわちゃ手を動かして雑談したあと、俺は要点を確認した。


「じゃあここにはその窮奇っていうモンスターがいるんですね」

「うん」

「そしておそらくそいつが」

「うん。ここの主だね」

「じゃあそいつを倒せば、ここから出られる!」

「うん!」


 俺は手のひらに拳を打ち付けた。


「やってやりますよ!」

「うん。今のくっきーだと無理だね」

「またですか!?」

「こういうダンジョンはね、こうやって場所が変わると一気に難しくなるんだよ。今の装備じゃ無理だね。だから、はい」


 先生は荷物をごそごそ漁って、俺になにかを手渡した。


「……銃ですか?」

「銃剣用だね。こっちが弾丸。あとこれ、改良した籠手」

「ありがとうございなんかねばねばしてるんですが!」

「スライムの粘液で攻撃を防ぐようにしたから、でらでらした感触は我慢してね? あとこっちは特別製の弾丸。もうあと七発しかないから注意して」

 

 そう言って先生が俺に渡したのは、弾倉とはまた別の、小さなポーチだった。


「なにが特別なんですか?」

「アマゾンで倒した恐竜の血管からつくったの。それを撃ちこんだ相手は血液がプラチナになって死んじゃう強力な武器だから、取り扱いには気を付けて」

「プラチナに……」


 あまりイメージがわかないけど恐ろしいのはわかる。


「でも貫通させちゃうと効果がないし、かといって体内に入らなかったらそれはそれでダメだからあんまり過信しないでね」

「はい。ありがとうございます。あとやっぱり気持ち悪いんですけどこれ」

「我慢!」

「はい!」


 先生は背中に短槍、両手に銃剣を握った俺をうんうん頷きながら眺めて、


「本当は防具ももうちょっと揃えたかったんだけど、それは次のモンスターを倒してからのお楽しみってことで」

「はい」

「じゃあいこっか!」

「はい!」

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