第7話 ソロ攻略は続く

「だからちげーってじいちゃん! 関羽は女じゃねえの!」

「おめ、俺が爺だからって馬鹿にすなよ! 関羽雲長って画像検索したら一番最初に出てくんの女じゃねか! 騙されねえぞ! 張飛翼徳だったらあの赤ら顔のおっさんばっかりなんだからな!」

「おいジジイ! ! 関羽が女なわけねえだろ! 三兄弟の関係が微妙な感じになるわ! なあおっちゃん! 実は女なのは信長だけだよな!?」

「それはそれで森兄弟との関係がすごいことになるぞ!」

「じいさんもなっちゃんもうるせえよ……」





 なっちゃんが出て行ってしまったあとも、俺はまた床に寝転がって、在りし日のじいさんとなっちゃんの会話を思い出していた。


「なんにも言えなかった……」


 ダンジョンを見つけたことも。

 じいさんが死ぬ少し前、寝込んだころに「夏は」とだけ言って、続きは口にしなかったことも。

 俺も助けに行くから、みたいな元気づけるようなこともなにも。


「はあー……あーあ! あああああああああああああ!!!」

 

 これでも中年かと嘆いてしまうような不甲斐なさが我ながら情けなくて絶叫したあと、俺は隠していたスティックを手にダンジョンの入口へと向かった。


 新宿ダンジョンの制圧が失敗に終われば、恐らく首都機能を失った日本は滅びる。他国の介入に抵抗する術は持たないだろうし、国際世論は自国の利に関わらない小国の先行きには冷たい。

 きっと今頃、空、海問わず、港は逃げ出そうとする人々でごった返しているだろう。じいさんがまだ生きていたら、俺もそれを考えたかもしれない。


「もうどーでもいいけどな」


 亡国のカススキル持ちがたった一人でどうやって生き延びるというのか。俺には言葉も話せない異国で、このスキルの新しい特性を利用して立ち回る気力などない。


 一応、兄貴に「俺は一人で逃げます」とだけメールを送り、会社にも送ろうかと考えて、やめた。多分潰れるだろあそこ。ていうか守るべき家族がいる社長はとっくに逃げだしてるだろうし。


 スマホをぽっけにつっこんで、俺は石扉に触れた。


「二階」


 お出迎えしてきたムカデの死骸にびびりつつ、俺は先に進んだ。

 

 

 

 四階にも五階にもレベルマックスのモンスターはいなかった。五階まで進むころには俺のレベルは18にまで上がっていたけど、まだそれで手に入れたスキルポイントの使い道を思いつかない。


 五階層クリア報酬のガルガルの骨と牙でできた小型ナイフをふりふりしながら、俺は悩んだ。


「戦闘系はスティックがあるからまだ当分あげなくてよさげなんだよな……」


 五階層のボスのナメクジみたいなやつだけ二回殴る必要があったけど、他はワンパンだった。思い付きでくっつけた亀のモンスターがさらに攻撃力を上げてしまったのだ。


「となると」


 俺はそろそろ一階層ごとに地上へ戻ることにわずらわしさを感じていた。プロの集団はダンジョンに潜るとき半年規模で計画を立てるという。それだけ長期間潜っていられるのは、もちろん俺に比べて格段に恵まれた設備のお陰もあるだろうけど、スキルの影響も多分にあるはずだ。生活の補助系スキルがあるはずなのだ。


 そう考えてスキルツリーを見ると、確かに、ダンジョン挑戦用というくくりでパックが置いてあった。しかしそれは、ステータス制限こそないものの、15という決して少なくないスキルポイントを要求している。

 

「うーん、まあこの年までダンジョンに行ったことないんだから、これくらいはハードルが高くなるか……」


 割高になることを覚悟しても今とれる分のスキルをとるという選択肢はある。特に発動から一時間の間、ダンジョンの床が安眠枕とベッドになるという【睡眠補助:Ⅰ】をみるとひどく悩んだ。アラフォーが硬い床で寝ると体バキバキになるんだよ。


 でも結局、俺はもう少しレベルを上げてパックで一気にスキルをとることにした。


「ちっとの辛抱だし」


 そう納得させて次の階層を目指そうとすると、部屋の奥に設置された大きな酒杯が気になった。壁に埋もれるようにして、なみなみ水の注がれた漆塗りの盃が置かれているのだ。


「敵じゃないよな?」

 

 ムカデのギャースを思い出しながら、俺はびくびくとその盃に近寄った。

 なにも反応はない。


「なんだこれ」


 そう呟くと、いきなり壁に映像が浮かび上がった。


「ひゃん!」


 びっくりしながらとびのき、それ以上は何も起きないことを確認してから、もう一度恐る恐る近づく。


 電光掲示板のようになった壁には、ドット絵の時計に似たカウンターと、「 階層までスキップ可能」という文字が映っていた。


「スキップ機能? ふーん」


 どうやらこの盃、階層を飛び越えさせてくれるらしい。


「これ、この階に俺がいるままその下の階をクリア扱いにしてくれるってことか? その場合モンスターはどうなる? 報酬は?」


 疑問は尽きない。なにより、このカウンターはどうすれば進むのか。


 ちょっと考えると、俺は道を引き返し、あのナメクジを引きずってきた。そのままそれを盃にいれる。


「どうなる?」


 ぴぴぴ、という音と共に、青色のメーターの針が進み、半分が黄色に変わった。


「おお。素材じゃなくて死体でいいのか」


 盃に何かを入れると、その何かの分メーターが溜まるようだ。基準は入れた物の重さなのか、レア度なのか、出身階層なのか、それとも別の要因なのか。武器でもいいのか、ダンジョン外のものでもいいのか。


 またまた新たな疑問が湧いて来たけど、俺はそのどれよりも気になることを確かめに、ダンジョンの三階に戻り、そしてまた五階に来た。


「生活系のスキルをとること考えたら、どうせ解体できるのはもっともっと先のことになるんだからな」


 これで入れてみるだけなら、どうということはないだろう。


 俺はねじり鉢巻きの死骸を盃に押し込んだ。


 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ。


「おおっ!」


 メーターは一気に進み、「38階層までスキップ可能」と表示されている。


「すげー……38て……」


 若干呆れながら驚いてると、「実行します」という音が聞こえた。


「え?」


 瞬時に景色が変わり、俺はダンジョンの入り口に立っていた。ゴトゴトという音が響き、足元に見覚えのない瓶やら盾やらが転がる。


「え?」


 え?

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