第2話 ダンジョン童貞喪失

 俺のじいさんは変人で嫌われ者だった。


 鍛冶職人として売れもしない装備品をつくることに熱中し、保険料に支払う分としてばあさんに渡された金も機材を買うのに使っていたので、老後は年金をもらえずひどい貧乏生活をしていた。


 おまけに愛想が悪かった。ていうか人とコミュニケーションをとる気がなかった。一般人の家にお邪魔する系番組のアポなしロケを申し込んできたタレントをうっとうしがり、家の玄関でボコボコにしようとして逆にボコボコにされたりしていた。止めようとした俺もボコボコにされた。


 じいさんは実の息子である俺の親父からも見放されていたので、もちろん他の親戚もこの偏屈老人の面倒をみようとはしなかった。


 じゃあどうして俺が、じいさんが死ぬまで自分の金と時間を割いて面倒をみていたのかというと、なんとなく、社会のはぐれものとしての共感があったのかもしれない。


 じいさんが死んだあと俺に残されたのは、型落ちの加工機材と田舎のあばら家、そしてじいさんが死ぬちょっと前に家の敷地に生成されたダンジョンだ。


 神様連中はときどきこういうことをする。基本的にはダンジョンは人間が指定した候補地につくるのだけれど、ごくたまに、モンスターの数が多すぎるからという理由で黙って勝手な場所にダンジョンをつくるのだ。


 俺が庭にできていたダンジョンの存在に気がついたのはじいさんの葬式から三日後。金にならないじいさんの遺産を整理するのにくたくたになっていたころ、気分転換に草刈りで体を動かしたあと縁側に座って庭をぼーっと眺めていたら見つけた。


 勘弁してほしかった。


 個人の敷地で発見されたダンジョンについては、発見次第役所への届け出が必要な上に公的機関の立ち入り検査が必要なのだ。


 親戚の相手をするのにも堅苦しい書類をにらむのにもうんざりしていた俺は、しばらく現実を拒否して座っていた。

 だけどもそのまま夜になるまで見ていても仕方がないので、ため息を吐きながら重い重い腰を上げて、その一般的な日本の住宅には似合わない苔むした石の扉を観察し、触ってみると、次の瞬間には別の場所にいた。


 そういうわけで、今俺は謎の空間に立っている。


「……ん? え? これダンジョン入っちゃった?」


 石造りの廊下に俺の声がこだました。


「ダンジョン入っちゃった……」


 すごく息苦しい壁に挟まれていると、ほこりっぽい臭いが気になった。

 そのまま立ちつくしていたかったけど、お腹が減っていたし、脱出系のスキルやアイテムがないならその階層を抜け出せないという知識を聞いたことがあったから、俺は泣く泣く歩き始めた。

 いったい誰がつくったのかわからない建造物の中を暗闇に目を凝らしながら進んでいると、廊下が広間につながった。


 学校の体育館くらいの大きさの空間の真ん中に、ぶよぶよした半透明の水あめみたいなやつがいる。


「スライムじゃん……」


 初めて見た。

 

 スライムは俺の声に反応したのか、ぶよぶよ体を伸び縮みさせながら、地面に湿った跡をつくってやってくる。


「うおっ、きめえっ」


 俺がビビりながら後じさりすると、スライムは子供が走るくらいの速度でこっちに来た。


「こっちくんな!」


 無我夢中になった俺が手に持っていた草刈り鎌を叩きつけると、スライムはぶすぅと空気が抜け出る音を出したあと動かなくなった。


 でばばばでばばばばでっばばー。


 レベルアップしたら頭に響く音だ。初めて聞いた。


「えっ、これで死んだのかよこいつ」


 びっくりして反応に困る。ダンジョンの一層はいわゆるチュートリアルみたいなものでよほどのことがなければ負けないとは聞いていたけど、こんなに楽勝だとは思わなかった。

 HPを一撃で削ってしまったのか、心臓みたいな部位をたまたま攻撃してしまったのかはよくわからなかったけど、とにかく俺は人生で初めてダンジョンに入って、人生で初めてモンスターを倒して、人生で初めてレベルアップした。


 実にあっけなくて、特に感情は動かされなかった。


「……へーこれで俺も「でばばばでばばでばばばでばばばばでっばばー」」


「……これで俺も「でばばばでばばでばばばでばばばばでっでばばばでばばでばばばでばばばばでっばばー」」


「うるせえよ!」


 ちょっとキレた。


「なんなんだよ。なんで5も6も一気にレベルアップしてるんだよ」


 いくら俺がレベル1の雑魚といっても、上がり方が激しくないか。気になった俺はちょっと考えた後呟いた。


「レコード」


 レコードはステータス確認と同じで誰にでも備わっている個人情報の記録機能だ。

 倒したモンスターだとか冒険したダンジョンだとかを記録していつでも閲覧できる。まっさらなものをいくら眺めてもつまらないから今まで見たことがなかった。


「なになに……今倒したのは……あっ、レベルマックスのスライムだったんだ」


 スライムのレベル上限は5。そのレベル5までのステータスが記載されているのは、俺がレベル5のスライムを倒したことでそれ以下のレベルのスライムについての情報も手に入ったからだ。

 一度に大量の経験値が入ったのはそれが理由らしい。

 

「ステータス見てみるか。ステータスオープン」


 頭に情報が流れ込んできて、同時に今見ている景色の邪魔にはならない不思議な映像が映し出される。


氏名:九鬼重正

種族:人間

ランク:人間

職業: ─

レベル:6

HP:7

MP:4

STR:8

RES:3

AGI:4

……


「うわあ……」


 もはやグロいまであるザコステを見るのを堪えられなくて、俺はステータス確認を打ち切った。

 HP7ってどれくらい低いんだろう。あとAGIって知能だろう。俺ひょっとしてめちゃくちゃ馬鹿なのか?


「……うーん?」


 馬鹿なのかなあ? よくわからないなあ。


 レベルが上がってもステータスの上がり方は人による。爆発的に全ステータスが上がる人もいれば、一つずつちまちま上がったり上がらなかったりする人もいる。どうやら俺はそっち側のようだ。


 これでようやくレベル6。ここから先はさらにレベルが上がりにくくなるはずだ。

 スライムの死骸をしげしげと眺める。


「いいな、お前はレベルマックスで。俺もレベルマックスなら進化できるのにな~」


 なんだかうらやましさとむかつきが同時にわきおこり、俺は無駄と知りながらスキルを発動した。


 ぶーぶーぶーぶー。


「チッ……」


 発動不可の音がぶーぶー鳴り響く。


「……まあいいや、スキルポイントたまったし、出たらじっくり考えよう」


 そして広間を通り抜けようとしたら、足元のスライムの色が変わっていることに気がついた。


「ん?」


 腰を下ろしてよく眺めると、それはプレーンっていうかただのスライムの上位ランクのヘクトスライムの死体になっていた。

 間違いなくさっきまではスライムだったのに。


 レベルが上限に達していてなおかつ複数の要件を満たしている場合にのみ、上位ランクへの道は開かれる。死んだあとにそれが満たされるなんて、ありえるのだろうか。

 このスライムがランクアップしたのだとすれば、考えられる理由は一つしかない。

 俺はスキルを三回発動したのに、ぶーぶーは二回しか鳴らなかった。


「……え? これ死体に使えるの?」

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