第3話 恐怖の面接

「さて、これから面接を始めます。」


 あれ…俺なんでこんなことになってんだ?



 遡ること5分前。

 医務室で目が覚めた俺を中年の白髪スーツ男が、半ば無理矢理面接に連れ出した。


「取り敢えずまずは君の内面を色々聞きたいからね。君が思ってること、感じてること。それから色々判断しないとね。」


 中年のスーツ男はネクタイをくいっと締めながら、僕の前を歩く。


「あの……」

「ん?」

「僕の思ってること分かるんですよね。何で面接する必要が…」

「ふふふ。よくぞ聞いてくれた。

 実は面接官は2人いてね。一人は僕。まあ僕1人だけなら面接なんてしなくてもいいんだけどね。

 でももうひとりは君の心は読めないんだ。だから面接をするんだ。」

(もう一人は…)

「もう一人はさっき君も見ただろう?医務室に訪れてた彼だよ。」

「え?」


 そういえば、僕と中年スーツ男が話してる途中、部屋の準備ができたからと訪れてた、翼の生えたサラリーマンがいたような…


「彼は6年目でね。いやー懐かしいな。彼が入ってきたときは結構すごかったんだよ?生意気でね」


(見た目はごくごく普通のサラリーマンだよな…。黒髪マッシュにメガネ。生意気そうには全く見えないけど…。あの見た目からは想像がつかないな)


「どんな感じだったんですか?」

「それはねー…」


 中年スーツ男が言おうとしたその時、


「やめてください。黒歴史ですから。」


 後ろからクイッと引っ張られ、振り返ると話題のあの人が。


「いやねえ。今ではこんな立派になったけども、昔は…」

「やめてください。」


 話の続きが気になったが、2人は会話を止めた。

 どうやら面接室の前に着いたようだ。


「さて、じゃあ、僕達が部屋に入って1分後に3回ノックして入ってね。」


 2人は面接室へ入り、1分後に俺も部屋に入った。

 そして今に至る。




「まずは、あなたの名前を教えてください。」

「…赤井司です。」


 中年男は手元の資料を確認しながら質問を進める。

(俺、面接なんて初めてだし、上手くできんのか…?)

 今日ほど社会に出なかったことを後悔する日はないだろう。面接の1つや2つ、練習しておけばよかったかもしれない。


「赤井さん。では、あなたはなぜ天使として面接をされているのか、分かりますか?」

「いや、ついてこいと言われてついてきたら急に始まったので、」

「そうでしたか」


 いや、そうでしたかじゃない。お前がついてこいって言ったんだろ。

 心の中で冷静にツッコむ。


「では、次の質問です。『天使』とはなにか、ご存知ですか?」


(職業について聞いてきた。2chで見たことある。)


 ニート時代、2chで就職スレを何度も読んでいた。だからこの手の質問は予想していた。


「天使って…翼が生えた人間ですよね」

「人間、ですか?」

「は…はい…、多分…」


 まさか『人間』に突っ込んでくるとは思わなかった。少し自信なさげになってしまった…。


「では、隣りに座っている彼は、本当に人間でしょうか」

「え?」

 そう言うと、中年男はサラリーマンの男を指さした。

 予想外の質問に俺は少し戸惑った。

(え、人間…だよな?翼は生えてるけど、それ以外は普通の見た目だし…)


「もしかしたら化け猫かもしれませんよ?」

「いや、人の姿してますし…」

「恐ろしーーーい…、ヘビかも!!」


 少し声のボリュームを上げて、中年男は腕をニョロニョロと動かしながら興奮気味に喋る。

 きっと俺を混乱させようとしているのだろう。

 しかし、どう考えてもサラリーマンの男は人にしか見えない。


「人ですね…、多分」

「『人』…ですか」


 急に冷静になった。

 そしてペンを取り、資料に書き込んでいく。

 俺は少し怖さを感じていた。


「では、例えばですが、殺人鬼は人でしょうか?」

「え……?」

「例えば、あなたを轢いた男、彼は酒を飲みながら運転していたそうです」

「そう、なんですか」


 突然告げられた事実に声がうまく出せず、

 俺の声は掠れてしまう。


「仕事で嫌なことを忘れるために飲んだのでしょう。そして、その結果あなたを殺してしまった」

「…」

「彼は言い方を変えれば殺人鬼。あなたの命を奪った憎き相手。では彼は本当に人、なのでしょうか」


 2人は俺の目を注視した。

(確かに、俺を轢き殺した男を同じ人間だと思いたくはない。思いたくはないけど…でも、)

 俺は一呼吸置いた。


「…その人は、俺にとっては人間にしか見えないし、それに仕事で嫌な思いをするのは人間しかいない。だから、人間だと、思います」



「そうですか。分かりました」


 そしてメモを取られた。

急に空気が変わった…。これが面接か…。

 少し緊張感が走る空気に背中がゾクゾクした。


「では、次の質問です」

 中年男は一通りメモを終え、ペンを置いた。


「人は理性を持って行動します。本能のまま生きるのは獣同然です。

 人は変な生き物です。戦争という愚かな行いで血に飢えた獣のごとく人を殺す。

 そして理性を手に入れたことで核という兵器を手に入れ、そして本能のままに虐殺していく…。

 ああ! なんという狂った生き物だろう! 人間は愚かだ!!」

「興奮しすぎです」

 興奮した中年男を翼の生えたサラリーマンがなだめた。

(この人の考えてることが読めない…)


「ああ、すまないね。

 では、戦争の中に身を投じ、毎日作業の如く人殺しをする兵士たちを、同じ人間と言えますか?」


「それは…」



 分からん。

 分かる訳がないだろ。

 でも、分かりませんとハッキリ言うのも…。

 でも分からないものは分からないし…。


 あれこれ悩んだ末、俺は正直に伝えることにした。


「…分かりません。」

「なぜ分からないのかい?」

「戦争は教科書の中でしか知りません。そういう兵士たちの姿を見たことがないからです」

「そうですか……」


 またメモ。

 これで良かったのかと少し不安になる。


「以上で面接を終了します。最後に質問はありますか?」

「あの、」

「はい?」

「その翼は本物ですか?」


 俺はサラリーマン男に向かって言った。


「ああ」

「もし天使になったら、俺、空飛べるんですか」

「もちろん。移動手段だから」


 実は、俺には1つ懸念事項がある。


「俺、高所恐怖症なんです」

「不安かい? 安心したまえ! ちゃんと研修やるからね!」


 中年男がニコニコしながら答えた。


(いや、怖いものは怖いし…)


「研修で克服できるものなんですか?」

「大丈夫! 君が高所恐怖症なのはちゃーーんと把握してるし、ちゃーーんと研修内容に組み込んであるからね!」

「は、はあ」


 早口で喋る中年男に俺は呆気に取られた。

 本当に大丈夫なんだろうかと不安になる。


「他に質問は?」

「あ、ないです。」

「…」

「…」


 謎の沈黙


 そして…


「ごうかああああああああく!!!!!」



 うるさっっっっ!!!

 耳をつんざくほどいきなり大きな声で叫ばれた。

 お前はみのも○たか。


「いやー、ちゃーんと質問に答えられて嬉しいよ、僕は。君が天使としての素質があったようで良かった良かった。僕の目に狂いは無かったよ」

「は、はあ」


 本当にあんな回答で良かったのだろうか…。


「さて、君はこれから天使として研修を受けます。

 あ、そうだ、まだ君の先輩を紹介してなかったね。君の先輩に当たる長谷川 まことくん」


 サラリーマンの男は立ち、俺にお辞儀した。


「よろしく、司」

「よ、よろしくお願いします」

「明日から慎くんが研修を担当してくれるから。じゃあ、無事を祈っているよ。お疲れ様」

「お疲れ。研修については後で連絡する」


 2人は席を立ち、部屋を退出する。

 俺も慌てて立ち上がった。


「お…お疲れ様…です」


(研修に『無事を祈る』って何だ…。嫌な予感しかしない…)

 その嫌な予感が的中することを、このときの僕はまだ知らない。






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