現世でサレ女だった私が、異世界で元カレに激似の王子様に勘違い求愛されて悩みながら自立の道を探っています

赤羽かなえ

1章 異世界に来たサレ女、勘違い溺愛される

第1話 浮気した彼氏に『大丈夫?』と聞かれて、つい……

今、なんて言った? 大丈夫? って言わなかった?


大丈夫じゃないよ……大丈夫なわけがない。だって、ついさっき、あなたが他の女とお熱い行為真っ最中なのを見たばかりで、当の私を傷つけた本人がなんで私に大丈夫って聞けるの?


長く伸びかけた黒髪の下に大きな瞳が心配そうに揺れている。眉が下がると整った顔なのにワンコのような表情になるのが大好きだった。いつもなら、とろけそうになるくらい大好きな顔だけど、今はかわいさ余って憎さ百倍。私は、彼の前に歩み寄って、大きく振りかぶった。


ガツッ!!!!!


大きな音がして、目の前の誠也カレシがよろめいた。


初めて……人を殴ってしまった。


人をグーで殴ると手ってこんなに痛むもんなんだ……。右手を見つめながらぼんやりと思う。手に頬の感触が残っている。思った以上に力が入ったせいなのか全身も痛くてダルい。


それでも、唇を噛みながら目の前にいる誠也をにらみつけた。まだ殴ってやりたいくらいだ。気が済んでなくて今度は、口から悪態が漏れ出た。


「大丈夫? なんて呑気に聞いちゃってるわけ? 大丈夫なわけないでしょうが。それもこれも、みんな、アンタが浮気していたからじゃん!」


さっき目にした、他の女とのヤッてる現場がフラッシュバックすると、涙が浮かんできて声がゆがむ。目の前の誠也がぼやけて見えなくなる。


こいつも結局、他の男と同じだった。誠也だけは違う、私のことを大切にしてくれる、そう思っていたのに。


これで10人目だよ?! 寝取られたの。サレ女もサレ女、サレ女のプロフェッショナルじゃん……ってか、そんなプロフェッショナルいらんわ!


私の何が悪いの?! 何がいけなくてこんなに浮気をされないといけないのよ。しかも、いけしゃあしゃあと、『大丈夫?』なんて心配そうに聞いてきたから、10人分の恨みも込めてしまった。心配するなら浮気なんか……するな!!


涙を見られたくなくて、床をじっと見つめた。茶色がかった長い髪の毛に、たまったしずくが2,3粒からまって消えた。


「ちょっと待って、アイリーン。何か悪い夢でも見ていたんじゃ……」


私の名前は愛理だ。なんでこの人、アイリーンなんて長ったらしく伸ばして呼んだの? さっきから、なんの冗談なの?! 再び怒りが沸く。


「何よ、そのアイリーンって。名前をかわいらしく呼べば許してもらうと思うな、胸糞悪い。もう片方の頬も殴ってやるっ!」


左手の拳を握りしめた時、私と誠也の間に、傍に控えていた大きな男が割って入ってきた。


「アイリーンさま、いくらなんでもご冗談が過ぎます。いくらセイ様のことをお気に召さないと言ったって、これ以上殴られるようですと、王子暴行の罪で投獄しますよ」


誠也は大男の陰に隠れて見えなくなった。正面から腕を抑えられ、もがいても逃げられない。でも、大男の手は不思議と強引ではなく優しかった。どんな奴なのか顔を見ようと思ったけれど、首が動かない。いや、首だけではなく、左肩もズキズキする。怒りで気づかなかったけれど、体中が動かないし、とにかくあちこち痛い。もがいて大男から逃げようとした次の瞬間、膝から崩れ落ちた。


「アイリーンさま?!」


立ちはだかった男がうろたえる。男の後ろから誠也が声をあげた。


「ショウ、どうした。アイリーンは大丈夫なのか?」


誠也が崩れた私の近くに歩み寄って来る。


「アイリーンは雷に打たれて森の中で倒れていたんだろ。身体も心配だし、きっと僕を殴ったのだって、ショックで記憶が混濁しているからだ。ショウだってアイリーンに手荒な真似はしたくないだろう? さ、かわいいアイリーン、ベッドに戻るよ。もう少しゆっくりと休んで、話はそれからにしないか。それでも僕のことをムカつくというなら何度だって殴ったっていい。とにかく君が生きている、それだけで……十分なんだ」


誠也の声が心なしか潤んでかすれていた。横に来てかがむと私を手早く抱き上げた。


「!!!」


いわゆるお姫様だっこというやつ。


思った以上に軽々と抱き上げられる。なんでこんなことをするのか、ますますワケが分からない。顔が赤くなるだけではなく、心臓が急にうるさくなるのを感じた。私、チョロすぎない?! そうは思いつつも、色々と引っかかる。


さっきは涙が邪魔してよく見えなかったけれど、彼はきわめて奇妙な恰好をしていた。抱き上げられた時に、彼の胸についているボタンや飾りが顔にあたって痛かった。イケメンだけにどんな格好をしても似合うのだけど、誠也のあんな服装、今までに見たことがない。


私は、抱かれたままベッドに移された。ベッドのマットレスは羽のように軽く、身体が綿菓子の中にくるまれたみたいに柔らかい。こんな高級そうなベッド、私の家にも、もちろん誠也の家でも見覚えがない。


そうよ、ここはどこなの……誠也はここで何をしているの? そもそも、この人は誠也……なの?!


しばらく目の前の誠也らしき男をにらみつけた。彼は私の視線に気づいたのか片膝をつくとベッドの脇にかがんで目線を合わせてくれた。こちらは睨んでいるのに、優しく微笑んで見つめられると、どうにも居心地が悪い。


「もう少し休んで、アイリーン。休めばきっと記憶も元に戻る。ここなら安心だから」


彼の大きな手が私の目の上にそっと置かれる。じんわりとあたたかい体温に頭の奥の力が抜けた。「あんたの傍にいるのが一番嫌なのよ!」と言い返してやりたいのに、身体が思うように動かない。


彼の掌の重みが心地いい……抗えないままに私の意識は途切れた。



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