誰に恋をしたのだろうか

clane/鶴翼

Day1午前/午後

恋とは罪悪で、そして神聖なものであるらしい。

それでは行先不明の恋はなんだろうか。


Day1午前 いつも通りの日常


いつも通り朝隣人に起こされ、いつも通り身支度して、いつも通り家を出る。小学生の頃から変わらない、いつも通りの風景。ただ、いつも通りじゃないのは、君の隣を歩く俺の心模様。

「? 朔人(さくと)君、ボーッとしてどうしたの?」

君は怪訝な顔で俺を見る。俺は心を覆い隠すように取り留めのない言葉を紡ぐ。

「なんでもない。てか眠い。」

俺は揺れ動く心を眠気でかき消す。

「ああ、朔人君は朝弱かったね。」

欠伸を噛み殺しながら、近くのバス停に向かう。片田舎だからか朝と夕方のバスが少なく、朝早くに起きないといけない。寝不足の理由はそれだけではないのだが。

「そういう朱里(あかり)は寝不足じゃないの。」

「え?私?ううん。全然眠くないけど。朔人君みたいに夜更かししないし。」

誰のせいで夜更かしする羽目になっていると思っているんだ。咄嗟に出かけたその言葉をしまう。

「夜更かしは若者の特権だから、全力で行使しているんだよ。」

いつの間にかバス停に到着しており、予定時刻より数分遅れたバスに乗り込む。二人並んで座席に座る。高校生の付き合ってもいない男女が一緒に登校するのには訳がある。それは朱里の見た目が儚げで、色んな人を惹きつけるためである。朱里本人は特に気にしてはいないものの、朱里のお父さん(おじさん)からはできるだけ登下校を共にするよう頼まれている。

「朔人君も近寄りがたい雰囲気の割に真面目だよね。お父さんが言ったこととはいえ、私なんかと登下校を一緒にするなんて。私と一緒にいて、いいの?」

おじさんが俺に頼んだのは幼馴染だからという理由だけではなく、強面だからというのもある。昔から、周りの人から怖がられ、遠巻きに見られることが多い。おじさんは娘に変な虫が付かないように俺の強面を活用しているのである。別に俺は悪い気はしないし、むしろ昔から朱里の両親にはお世話になっているため、喜んでボディーガードをやらせてもらっている。

「別に嫌じゃないしな。それに・・・。」

「それに?」

「いや、なんでもない。」

それに、好きな子と一緒にいるのが嫌な奴はいないだろう。


 幕間 いつも通りの日常 朱里side 


朝、変な夢で飛び起きた。

「・・・私って、欲求不満なのかな。」

落ち着いた後、いつも通り隣の家の窓をノックして隣人を起こす。カーテン越しに人影が動き、窓を開く。幼馴染が眠たげな顔を見せる。変な夢を思い出し、少し顔を逸らしてしまった。軽く挨拶を交わして、それぞれ身支度をする。

いつも通り家を出て、幼馴染を待つ。一人でバス停に向かってもいいのだが、そうするとお父さんがうるさいし、幼馴染が全力疾走してくるので、大人しく待つことにする。

 朔人君が急いで来て、一緒にバス停に向かう。朔人君は私に歩幅を合わせて歩く。意識しているのか無意識なのかわからないが、この幼馴染は卑怯だ。朝見た夢を、彼の優しさが思い出させる。朔人君から見られないように顔を背ける。こんな顔を見られていないか、心配だ。朔人君の様子を伺おうと、彼の顔を覗き込む。朔人君は特に気にしておらず、そもそも私の顔すら見ておらず、ただ呆然と前を見ていた。この幼馴染は朝が弱いくせに、頻繁に夜更かしをする。おそらくは昨日も夜更かししたのだろう。

 そんな幼馴染と適当な会話を交わしながら、バス停に向かい、数分遅れてきたバスに乗り込む。当たり前のように朔人は私の横の座席に座る。さっきの歩幅を合わせてくれるのもそうだが、なんで朔人君はこうも女子が勘違いしそうなことを平然とやってのけるのだろう。私はまた、顔が赤くなったような気がして窓の外に目線を送り、彼から目を背ける。外に目を向けている内に、彼が私と一緒にいて嫌ではないのかが頭を過り、朔人君に質問してみた。

 彼は少しも考える素振りを見せずに、嫌ではないと答える。その時、朝日を背にいつもは無表情な彼が少し、ほんの少し微笑んだ気がした。


Day1午後 君がいてくれたから


 いつも通り、朱里と下校し帰宅する。家には誰もいないため、自分で夕食の準備をする。家族がいないわけではない。父は翻訳家として、今はアメリカで活躍しており、兄は東京に住んでおり、美容師として活躍している。

夕食の準備の合間に、仏壇に線香をあげる。母の仏壇である。母は俺が中学2年の冬に亡くなっている。父や兄が言うには、母は俺を産んでから数年後に子宮頸がんを患った。子宮を全摘したが、癌が肺に転移してしまい、長い闘病の末俺が中学2年の頃に亡くなってしまった。

 母が亡くなってからの1年間は自分の感情の整理が追いつかなかった。父や兄は心配してくれたものの、俺は大丈夫だと心配をかけまいと強がった。

「俺は大丈夫だから、父さんと兄ちゃんは仕事に行ってきていいよ。」

俺はそう言って、二人を送り出した。

しかし、大丈夫ではなかった。学校に向かう足は段々と重くなり、中3の秋には家に引きこもってしまった。無理はない。十四、十五の少年が一人で母の死のショックを乗り越えることなんて出来るはずもなかった。家に引きこもり、意味もない日々を送っていった。朱里の両親も心配してくれたものの、俺はまた強がって大丈夫だと言った。朱里の両親も渋々その言葉に納得してくれた。しかし、朱里だけは違った。俺の家族や朱里の両親に言ったように、大丈夫だと言っても、俺のそばにいてくれた。

「大丈夫、大丈夫だから。私はサク君のそばから急にいなくなったりしないからね。」

その言葉でやっと気づいた。その言葉が気づかせてくれた。俺は不安だったのだと。周りの人たちがいなくなってしまうんじゃないかと不安だったのだ。怖かったのだ。その言葉は俺を外に連れ出してくれた。朱里のおかげで、朱里がいてくれたから、俺は母の死から立ち直った。

 

風呂からあがり、自分の部屋に入る。課題を適当に済ませて、ゲームに没頭する。引きこもり期にハマった趣味だ。ゲームをしている内に眠くなる。流石に連日の夜ふかしは体がもたない。俺がベッド入ろうとした時、俺の部屋の窓からノック音が鳴る。俺はまたかと呆れつつも、窓を開ける。そこには幼馴染の姿があった。幼馴染の姿をしたそれは窓を開けた途端、俺の部屋に入り込む。

「サク君って何だかんだ、私に優しいよね。」

「だってお前開けないと窓をノックし続けるだろ。」

「しょうがないじゃん。私がサク君に会えるの、この深夜の時間しかないんだもん。それに・・。」

「それに?」

「それに朱里に負けたくないし。」

この朱里の姿をして、朱里に負けたくない宣言をしちゃった子は別にイタい思考の持ち主ではない。こいつは朱里の中にある朱里とは別の人格の『未月(みつき)』だ。朱里はどうやら二重人格らしい。

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