第16話 許せない


「————ブレイブがあんたを血相変えて探してたの。だから、協力してやったわ。東門で兵士が倒れているのを見て、ピンと来た。そして、あんたたちの足跡を追って、ドーグ島まで追いかけた。もし外国に逃げようとしていたなら、ニコリアが一番近いからね」


 ミラーは、アンの胸ぐらを掴む。


「逃さないわよ。あんたが団長をそそのかして、騙したんでしょう!? そうなんでしょう!?」

「そんな……私は、私はただ、ヴィライト様とこの国から逃げようとしただけよ!!」

「どうして!? どうして逃げるのよ!? あんたはこの国の王女で、ブレイブと結婚するんでしょう!? 私のような庶民とは違って、幸せな未来が約束されているくせに……!!」

「違う……!! 幸せな未来なんて————!!」


(ブレイブと結婚したら、私は————)


 言い争っている二人。

 マジカはどうしたらいいのかわからずにいた。


 ————パーン

 ————きゃあああああ


 そこへ、急に一発の銃声と悲鳴が響き渡る。


「……何? 今の音」

「銃声……? それに悲鳴?」


 アンとミラーは、銃声が聞こえた方角を見た。

 リコリスたちが歩いて行った方角だ。

 悲鳴と馬の蹄の足音が、段々とこちらに向かって近づいて来る。


「あ、あの、お話は後にして、隠れましょう、お二人とも! なんだか危ない気がします!」


 マジカは二人の手を引いて、屋根がある場所に身を隠そうと提案した。

 三人で外の様子を伺っていると、亡命のために雪山を越えようとしていた人たちが、次々と縛られて連行されているのが見える。


(リコリス……!? マーガレットさん……!! みんな……)


 その中には、リコリスとマーガレットの姿もあった。


「————まったく、亡命なんて簡単にされたらウザイーナ様の名に傷がつくだろう」

「ほら、とっとと歩け! この愚民ども!」


 国境近くで待ち構えていた兵士たちに、リコリスたちは捕まったのだ。



「何よ今の……? 罪人でも逃げようとした?」

「違うわ。あの人たちは、何の罪もない……ただ、自由を求めていただけよ」

「そうですよ! 悪いのは、この街の領主様です! 変な薬の実験台に、貧しい人たちを利用して……————」

「変な薬……?」


 よくわからないが、何か深刻な状況であることはミラーにも理解できた。

 ミラーも貧しい家の出だからこそ、罪人でもないのに、あんな不当な扱いをされていいわけがないと思う。


「あの、ミラーさん。こんな状況で、申し訳ないんだけど……」

「な、なによ?」

「協力してくれないかしら? 私、あの人たちを放っておけないわ」

「え……?」


 ミラーはアンを捕まえるためにここまで追って来た。

 アンにとっては、敵である。

 しかし、アンはそんなことよりも、リコリスたちが不幸な目にあっていることが許せなかった。


「私————……こういう理不尽なことは、どうしても許せないの」



 * * *



 こっそりリコリスたちの後を追うと、そこにはとんでもなく豪華な城が建っていた。

 金色の外壁、屋根、入り口の門はおそらく純銀製。

 ところどころ飾ってある装飾品には、ルビーやダイヤなどの宝石がそこかしこに埋め込まれている。

 相当な高級品だろうが、贅沢もここまで行くと、下品にしか見えない。


「何よこれ……センス悪すぎ! だから嫌いなのよ、お貴族様って……こんな変なものに金かけて……」


 アンからリコリスたちが亡命しようとしていた理由を聞いたミラーは、確かにこれでは街の人たちが可哀想だと協力してくれることになった。

 リコリスたちが連れてこられたのは、裏門のようだが警備の人間は一人もいない。

 すんなり城内に潜入して物陰に隠れつつ様子を伺うと、ちょっとした広場のような場所にリコリスたちは縛られ、座らされている。


 ここへ連れて来た兵士たちが取り囲んでいる中、全身金色の中年の男が腰の後ろで手を組み、胸を張って堂々と歩いてきた。

 ぼてっとした下っ腹の方が前に出ているが、この街の領主ウザイーナ・カミラである。


「いーですかぁ? まったく、この私の許可なくこの街を出ようだなんて、許されることではないですよぉ? 愚民どもぉ」


(相変わらずあの話し方……ウザいわ)


 アンはウザイーナと面識がある。

 その頃から、とても奇妙な喋り方をするとは思っていたが……まさか裏で悪事を働いているとは思いもしなかった。


「ひっ!」


 ウザイーナは隣に立っていた少し偉そうな兵士の剣を勝手に腰から引き抜くと、前列にいた年老いた男性の首にその切っ先を向け、老人は短く悲鳴をあげる。


「あなたたち愚民どもにはぁ、愚民として大事な役割があるんですよぉ。今すぐこの場で首をはねられるのとぉ、新薬の実験台になるかぁ……どちらがいいですかねぇ?」

「おおおおお許しください……! 領主様……!! もう、逃げません……逃げませんから……」

「はーぁい? よく聞こえないですねぇ……何か言いましたかぁ?」


 ウザイーナはひどく大げさに自分の耳の後ろに手を当て、聞こえないアピールをする。


「あの薬だけは……あの薬だけは勘弁してくだい……」


 老人は、おびえながらもはっきりそう言った。

 しかし、ウザイーナはうんうんと何度かうなづいた後、剣を老人の腕に突き刺す。


「うわああああっ……」


 兵士たちは、苦しんでいる老人を見ていられないと顔を伏せる。

 痛がる老人をウザイーナは無視してにっこりと微笑みながら兵士たちに言った。


「————さっさとこの愚民どもを実験室の牢屋にぶち込みなさい」

「は……はい!! ウザイーナ様!!」


 ウザイーナの指示のもと、リコリスたちを無理やり移動させる兵士たち。


(兵士たち……すごく苦しそうな表情をしているわ……笑っているのは、ウザイールと隣にいた兵士だけみたいね……)


 さらに後を追うと、リコリスたちは城の地下にある牢屋に押し込まれていた。

 看守役に二人の兵士が残され、ウザイーナと残りの兵士たちがいなくなったのを見計らって、マジカは二人を雷魔法で気絶させようと構える。

 しかし————


「————リコリス、どうして捕まった。俺たちが到着する前に、あの雪山を超えているんじゃなかったのか?」


 兵士の一人が、リコリスにそう言った。


「ごめんなさい。私が目測を間違えていたの……まさか、近道のあの橋が落とされていたなんて知らなくて……」


 兵士はリコリスたちの亡命を助けようとしていたようだ。

 もう一人の兵士も、中にいる女性に声をかけている。


「母さん。もう諦めよう。このままじゃ、本当にウザイーナに殺されてしまうよ……ロートカミラはもう、あの頃のロートカミラではなくなってしまったんだ……」

「でも、こんなところで死にたくないんだよ。母さんは、故郷のニコリアに帰りたいんだ許しておくれ……」

「それは……わかるけど、でも、ウザイーナに見つかったらまた連れ戻されてしまうよ」


(お母さん……?)


 兵士も牢屋の中にいる人たちも、皆泣いていた。


「……お姉様、これって、もしかして……いや、もしかしなくても、悪いのは領主様とその周りの人間だけなのではないですか?」

「私もそう思うわ……アン王女、どうするつもり?」


(きっと、兵士たちもはカミラ公爵に逆らえない……なら、この場合、一番の手は————)


 アンはミラーの顔をじっと見つめる。


「な、なによ?」

「ミラーさん、あなた、カミラ公爵に変身できますか? さっき……ヴィライト様そっくりに変身できたように————」



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