第11話 お尋ね者


「じいちゃーん、一人連れて来たぞー!!」


 鉱山のすぐ隣にある鍛冶場で、作業をしていた職人に少年は声をかける。

 カンカンと金属のぶつかる音がピタリと止まった。


「一人? 二人じゃなくてか?」

「うん、あと、王女じゃなくてシスターだった」

「シスター?」


 ヒゲと長い髪で顔の大半を毛で覆われたような毛むくじゃらで、屈強なこの職人は、この島で一番有名な鍛冶屋・ドルド。

 アンに声をかけ、ここまで連れて来た少年はドルドの末孫ドラムだ。

 ドルドはアンに近づいて、眉毛でほとんど隠れている三白眼の瞳でじーっとリンゴの銀細工を見つめる。


「あ……あの」


(何この人……ちょっと怖い……)


「ふむ、確かにこいつは銀髪の魔女様のものだな。ワシが作ったものだ。間違いない」

「え、あなたが……?」

「そうだ。若い頃は、一時期銀細工にどっぷりハマっていたからな。今じゃぁ、老眼と手の震えでこんな細かな作業はもうできん。それより……なぜ、シスターなんだ? 魔女様からは、3日以内に王女と騎士が来ると聞いていたが……」


 ドルドも、城の庭にいた妖精たちや東の海岸にいたドワーフと同じくエリクシアと契約を結んでいる者の一人だった。

 三人いる孫たちに町に出てリンゴの銀細工を持っている王女と騎士を探すように言ってはいたが、まさかシスターの格好をしているとは思っていなかったため、首を傾げている。


「それは……その、事情がありまして。私が王女であることは、間違いありません。それより————その、もう一人、騎士の方を知りませんか?」


(東の海岸にいたドワーフは、昨日、これと同じものを持った人間が船に乗ったと言っていたわ……それに、エリクシアが王女と剣士だと言っていたなら、それはきっと、ヴィライト様のはず)


「ああ、騎士の方は知らないな。こっちが聞きたいくらいだが……」

「え……?」


 ドルドは、鍛冶場の奥にかけられている剣を指差した。


「騎士が来たら、あの剣を渡すように言われている。あれは、本来、ルイス王子のために作ったものでな……手入れはしてあるが、誰も引き取りに来なくて困っていたんだ。やっと、渡せると思っていたのに……」

「お兄様の……?」


 アンの一番上兄である第一王子ルイス・ニード=フローリアは、アンがまだ生まれる前に王室を離脱している。

 詳しい理由は不明だが、何か王室にとって不都合なことをしでかしたらしく、今はどこにいるのか、その生死すら不明の人物だ。

 アンは一度も、ルイスに会ったことがない。

 王城に幼い頃の肖像画なら残っているが、青年期のものは一つもなかった。


「いつか取りに来るだろうと思って、ここに置いたままもう二十年近く経つな……一昨日の夜、魔女様がここに来てそれを渡すように言われた。そして、その隣にあるあの短剣————こっちをお前に渡すように言われている」


 ドルドはその隣にかけてあった30センチほどの長さの細い棒のようなものを手に取る。

 言われなければそれが短剣だとわからないくらいの細さだった。

 リンゴの銀細工と同じような、美しく細かな装飾が施されているその細い棒は、よく見ると、横に切れ目が入っており、引き抜くと中からキラキラと光を纏った刃が姿を現わす。


「これは、光の魔力が強い人間にしか扱えない短剣だ。これだけ刃が光っているのであれば、確かにお前が王女で間違いないな」

「これは……一体どう使うんですか?」

「何、それはこの短剣が教えてくれる。そういう魔法が込められているからな。ワシから言えるのは、その短剣を持っていると魔力が増える……ということくらいだ」


 ドワーフは、人間と違ってわずかな魔力しか使えない。

 その代わり、武器や道具の技術に関しては、右に出るものはいないのだ。

 中にはそのわずかな魔力を増幅させる武器を独自に開発するなどしている職人もいる。

 ドルドもその職人の一人だ。


「それじゃぁ、ここで待っていればヴィライト様にお会いできるのではないですか? さっきドラムくんがしたように、町に出てリンゴの銀細工を持つ騎士を探しているなら、同じようにここに剣を受け取りにくるのでしょう?」

「確かに、そうね……!」


(ここで待っていれば、ヴィライト様にきっと会える)


 アンは、きっとまだドルドの孫がヴィライトと会えていないだけなのだろうと期待したが、ドルドは首を横に振った。


「いや、探しに出てもう2日目だ。明日の午前中までには、王女よ……あんたはこの島を出なきゃならん」

「え……? どういうことですか?」

「魔女の話では、3日目の夜に王都から追っ手がここへ来る。この短剣を渡したらすぐにこの島を出て、北東の花の都ロートカミラに行くんだ」

「ロートカミラ?」


 ロートカミラはアンの母ミリアの出身地だ。

 フローリア王国の最北の都市で、それ以上北へ行くと隣国ニコリアとの国境となっている雪山がある。


(エリクシアは、ロートカミラからこの国を出る手筈を整えているのかしら……?)


「……わかりました。でも、明日の午前中までここで待たせてはいただけませんか?」

「ワシは構わんが……早く逃げなければ、王都から追っ手が来るぞ?」

「わかっています。それでも、私は、確かめたいんです」


(きっと、ヴィライト様は先にこの島に来ているはず……大丈夫。きっと会えるわ……————生きているはずよ。そうでしょう? ヴィライト様……)


 しかし、残念ながらアンの願いは叶わず翌日の午後になってもヴィライトは鍛冶場に現れなかった。

 今もドルドの孫たちが懸命に探しているが、リンゴの銀細工を持っている人間は見つかっていない。


 アンは、仕方がなくドーグ島の東の港からドラムが出してくれた船に乗って、東北にある花の都ロートカミラを目指した。

 島を囲っている霧を抜けてしばらくして、空からひらひらと紙が降って来る。

 王都から緊急の知らせや、号外新聞を国中にばらまく白い鳥が飛び回っているのが見えた。


「お姉様! 見てくださいこれ……!!」


 船の上に落ちてきた一枚の紙を見て、マジカは顔を真っ青にする。

 書かれていたのは、アンの予想通り、アンとマジカの人相書き。

 アンは見つけ次第王城へ無傷で連れて帰ること、マジカは罪人のため生死を問わず————と書かれていた。


「ごめんね、マジカ……私のせいで、こんな事になってしまって……」

「それはいいんです! 問題は、この人相書きですよ!」

「え……?」

「全然似てないじゃないですか!! 私こんなにブサイクじゃないですよ!?」


 顔を真っ赤にして怒っているマジカ。

 船を操縦していたドラムは、全然似ていないと大爆笑。


「ははは!! あんた王女様のメイドだったんだろう?」

「そうだけど……?」

「誰もメイドの顔なんて覚えてちゃんと見てなかったんだろうよ。逆に良かったじゃないか。こんな人相書きじゃ、誰もあんただってわかりやしないよ」

「あのねぇ! そう言う問題じゃないの!!」


 アンは二人のやりとりがなんだか面白く思えて、思わず笑ってしまった。

 ドラムはドワーフのため背が低いが、これでもマジカと同じ歳らしい。

 その光景があまりに微笑ましく、マジカが自分のせいでお尋ね者にさえなっていなければドラムと……————なんて、想像をついしてしまう。


(ごめんね、マジカ。この国を無事に出ることができたら、あなたは好きなように生きてね————)





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