第6話 囚われの王女


 一年前、隣国との国境付近。

 妹のベリーが出席するはずだった隣国の王女主催のパーティに、急遽アンが代わりに出席する事になった。

 パーティはつつがなく行われたが、事件が起きたのはその帰り道。

 雷鳴が轟く激しい雨の中、山道を走っていた馬車が魔王デルビルの手下に襲撃された。


「どどどどうしましょう、王女様」

「落ち着いて、マジカ。焦っても仕方がないわ」

「で、でも、相手はあの魔王デルビルの手下ですよ!?」


 本来通る道とは違う、整備されていない道を進み、激しく揺れる馬車。

 同乗していたメイドのマジカは、恐怖に震えている。

 メイドといっても、まだ12歳。

 マジカは生まれつきの魔力が弱く、また、魔法使いでもないため低級の雷魔法しか使えない。

 少しビリっとする程度。


 御者兼護衛としてアンたちを守っていた第五騎士団の団員二名の死体が、足元に転がっている。

 血と泥にまみれた無残な姿。

 とっくに息を引き取っているため、アンの回復魔法も使うことができなかった。


 馬車が停止した隙に抜け出そうにも、外側から鍵をかけられているようで、どうすることもできない。

 アンは震えるマジカに寄り添い、ただただ、馬車が彼らの目的地に着くのを待った。


「大丈夫よ、マジカ。きっと、誰かが助けに来てくれるわ」


(誰か……助けて)


 気丈に振る舞ってはいても、アン自身、この先何が起こるのか不安で押しつぶされそうになっている。


「————降りろ」


 ようやく馬車が止まり、両手を縛られ、降ろされたアンとマジカ。

 二人が入れられたのは、古い教会。

 ずいぶん昔に廃墟となった建物のようで、いたるところにある神や天使の石膏像は首から上が砕かれ、翼をもがれ————天井のステンドグラスには赤いペンキで大きくバツ印が書かれていた。

 祭壇の前には、アンたち以外にも大勢の子供や女性が、同じように両手を縛られた状態で座っている。


「おとなしくここにいろ。騒いだら殺すからなぁ」


 そう言って、手下たちは出て行った。

 重い施錠の音が響く。


「ここは一体……何なんですか?」


 マジカが近くにいた顔に痣のある女性に尋ねると、彼女は重い口を開いた。


「人身売買だよ。数日に一度、売人と一緒に客が来る。気に入った女、子供を買って行くのさ」

「なんですって……?」

「私ら人間は、一部の魔族によっては食えばその魔力を吸収される。中には、魔族じゃないものたちもいるよ。人間もたまにここにきて、慰み者を探しに来るのさ。私はこんな見た目だから、今まで選ばれずに残ってはいるけど……お嬢さん、あんたたちは若いし、綺麗な顔をしている。次に売人たちがきたら、きっと連れていかれるだろうよ」


 彼女の話によると、最後に売人たちが来たのは昨夜。

 次はおそらく3、4日後ではないかという話だった。


「なんて酷いことを……」


 ここにいるのは、みんな、なんの罪もない者たち。

 アンはそれまでにどうにかして、みんなを助けなければと思った。


「王女様、どうしましょう……私たち、売られちゃうんですか?」


 話を聞いたマジカは、恐怖で声を上げて泣き出してしまう。


「大丈夫よ、マジカ。泣かないで」

「でも、王女様ぁ……」


 アンはマジカを落ち着かせようと必死だったが、近くにいた別の女たちが声を上げた。


「王女様!? あんた、王女様なのかい!?」

「え……?」

「よかった。それなら、助けが来る! よかった!!」

「王女様がいるなら、きっと兵士たちが探しに来る!」


 それまで絶望の表情で、大人しくしていた女、子供たちが騒ぎ出す。

 助かるかもしれないと、希望を持ったからだ。


「それに……そうだ! 王女様ってことは、回復魔法が使えるんだろう?」

「え、ええ。そうだけど……?」

「じゃぁ、この子の体治してやってよ! ここへ連れて来られる前に、脚を怪我したみたいで……かわいそうに、傷口にウジが湧いているんだ」


 妹の第五王女と同じくらいのまだ4、5歳くらいの小さな女の子が、苦しそうな表情で横たわっている。


(この子……まだこんなに小さいのに……っ)


 アンはその傷に手をかざした。

 縛られた状態であっても、そうすれば回復魔法は使える。

 すると、ふわりと柔らかな光と風が吹いて、傷が綺麗になくなっていく。


「わぁ……すごい!」

「さすが王女様!! 噂通りね!」


 回復魔法は、王家の血を引く者なら誰でも使える。

 それはこのフローリア王国では誰もが知る事実だった。


 しかし、この一件でアンは中の様子を見張りに来た魔王デルビルの手下に目をつけられる。

 捕まって三日目の夜、古い教会のすぐ隣にある、彼らが寝泊まりしている塔の最上階に一人、連れて行かれてしまったのだ。

 そこは小さな明かり窓が一つしかない部屋で、夜になるとその明かり窓から赤い月の光が差し込む。


(どうしよう……私、本当にこのまま……誰かに売られてしまうの?)


 冷たい床の上で、泣いていたアンは、そのまま眠りについていた。

 そして、階段を登って来る誰かの足音で目を覚ます。


「————アン王女!」


 ドンドンと、鉄のドアを大きく叩く音。

 明らかにアンをここに閉じ込めた魔王デルビルの手下の声とは違う、男の声がドアの向こうから聞こえる。


「アン王女! こちらにいらっしゃいますか!?」

「だ……だれ?」

「第九騎士団団長、ヴィライト・ジェミックです。アン王女ですね?」


(第九騎士団……!? 確か、つい先日、団長が勇退されて、ご子息がその後を継いだって————そうよ、確かにジェミック卿だった)


「アン王女?」

「わ、私はここよ!! 助けて!」

「よかった。ではドアからできるだけおさがりください」

「え、ええ」


 アンがドアの前から離れると、外から鍵がかけられていた鉄製の思いドアが赤く光る。

 まるで熱い炎で熱せられているかのように、鉄のドアはどろりと溶けて液体となった。

 そして、その向こうに漆黒の剣士・ヴィライトが姿を現わす。


「ご無事ですか? アン王女」


 アンはその美しいサファイヤのような瞳に見つめられ、急に心臓がぎゅっと締め付けられるように感じる。


(何、これ……何かの魔法……? この人、本当に、ジェミック卿の息子?)


「————待て!! 王女は渡さないぞ!! デルビル様のものだ!!」



 ヴィライトの若く美しい姿に、本物かアンが疑っていると、ヴィライトの背後に魔王デルビルの手下が現れる。

 攻撃を剣で防ぎ、炎を纏った剣をで薙ぎ払うと、同時にヴィライトはアンの手につけられていた手錠の鎖も切り落とした。

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