第3話

その後、坂を走り下りてきた新田の、「拾ってくれよぅ白明ぁ!」という声で我に帰った僕は新田と一緒に坂道で停止しているテニスボールを拾い集めた。


リヴィというらしい少女は、その間にどこかへ行ってしまったらしく、テニスボールを拾い終えたときにはもういなかった。


「女子?すまん、ボール全部落っことしてパニクっててそこまで見てなかったわ」


一応、新田に僕の背後にいた少女がどこに行ったか聞いてみたものの、そもそも少女の姿さえ気づかなかったようだった。


申し訳なさそうにする新田に「大丈夫だし気にしないでよ」と笑いかける。


「もう落とさねーわ、助かったぜサンキュ白明!」


坂を降りていく新田を見送る。この坂の下のテニスコートで部活をするのだろう。


………もう一度だけでも、あの少女と話をしてみたいな。そんな思いを抱えながら家に帰った。


家に帰って、私服に着替えてノートパソコンを開く。文芸部の活動はないわけじゃない。活動場所が家で、したいときにすればいいだけであるにはあるのだ。


書きかけの小説を進めようとキーボードに両手をおくも、なかなか進まない。今日はダメな日か、とすぐに諦めてノートパソコンを閉じた。ダメな日は一日中パソコンと向かい合っていたって一文も書けないのだから諦めた方が賢明だ。


キッチンにある冷蔵庫を開けるも、中身は乏しい。せっかくだし近所の自販機にジュースを買いに行こうかな。丁度出かけているお母さん宛に置手紙をリビングのテーブルに置いて家を出た。


夏が過ぎているのがわかる、涼やかな空気。道端をいつもの癖で観察しながらスニーカーでコンクリートの道を歩く。公園前の自販機で、水色のキャラクターが載ったりんごジュースのボタンを押す。


ペットボトルを握った手を取り出し口から引っ込抜いた時、上着のポケットに放り込んだスマホが震えた。確認すると、お母さんからの連絡。


帰宅した、という内容のメッセ。


早く帰ろう、と財布とスマホをポケットにねじ込んだ。

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