鳥人の自分は世界に何を見るか

池村十三一六

第1話

薄暗い昼間、砂地に足の爪を立てて全力で拳をたたきつける

緑色をした頭頂部に命中すると、それは鈍い音を発する

ダンッ。

拳の痛みとともに達成感をもたらす

自分の背丈8割ほどのそいつは、もの言わぬ躯となって倒れた

一本の毛髪もない頭は、砕かれて白い骨と灰色の脳がこぼれている

柔らかなそれを今すぐ食べたい

ぎりぎりで理性が勝った

脳みそは食べてはいけない、父の教えだ

この前の食事は何日前だったろうか

思い出せない

あまりの空腹で意識が途切れそうになりながら、小刀とも言えない金属片で痩せた腹の皮を切り開く

自分の指の根元の鱗の間に、赤い血がにじんでいるのが見える

少し手が震えている

自分は生き残れる

こいつは死んで自分の糧となる

なぜかそう思いながら、肝臓をとりだす

小刀で細切れにする、寄生虫がいないことを確認する

検査して全部を呑みこむまでそう時間はかからなかった

人心地ついたところで、緑色の頭部を観察する

自分の頭にも毛髪はない、羽毛は生えているが

さっきまで生きていたそいつを観る

少しとがった耳と長い鼻、大きく裂けた口とそこから力無く垂れた舌、尖った歯

見慣れた獲物だが、これほど待ちわびたことはない

外れかかった眼球を小刀で割り、問題ないことを確認して飲み込む

もう片方も小刀で穿り出して同様に飲み込む

次に舌を引きずり出してその筋肉繊維を検める

「生で食うか。」

誰に言うともなく呟く

四肢もそうしたいが、次の獲物に出くわすまで何日かかるか判らない

皮を剥いで保存食としなければ

左腕を切り離すと赤色をした液体が砂にしみこむ

においをかぎつけたであろう、不定形の軟体生物が現れる

「どこから湧いて出たんだ。」

おかしい、最近独り言が多い

球のつぶれたようなこれの名前はなんだっけ

記憶は鈍っている、なぜだ

色の薄いものを見つけると、雪舟から器をとりだす

名前を思い出せないまま、掬うように捕獲する

小刀で数回かき混ぜると、核と薄皮以外の中身が溢れる

一気に飲み干す、生臭い

今度は革袋の水筒をいっぱいにすべく、色が薄めのものを探す

手早く水筒を補給する

腕と脚、保存食になりそうなものを切り分ける

使えそうな皮とともに雪舟に積み込み、出発する

重くなった雪舟は歩む速度を遅らせる

どこか寝床を探さなければ、もう星が天空に出現している

砂混じりの風が強く吹いている

目が覚めたとき、明るい星が残っていた

弱った太陽が微かに自己主張していた

寒い、体が冷たい

皮にくるまれた中から這い出し、岩々の隙間から外の様子を伺う

昨日の獲物、何と言ったか

そう、しばらく思いを巡らす

卑小鬼ゴブリン、そう卑小鬼ゴブリンだ。」

旅に出る前は見なれていたが、名前を思い出すのは久しぶりだ

昨日のあいつが、どこから来たのか、そっちに向かわねば

となると、やはり、あちらの山々であろう

水筒の中身を一口二口飲む、水も節約しないと

生肉、昨日の戦利品を朝飯にする

木の枝と骨、皮ひもで組んだ雪舟に荷物を積み込む

寝床の皮を外套にして、寝ているときに外していた航空眼鏡を着ける

雪舟を曳いて歩き始める

砂地にめり込む足の鱗がジャリジャリと苦情を訴える

太陽とは逆の方向に、山々を目指して進むしばらく歩く

少々の草と苔の生えた場所を見つけた

かっては木も生えていたのであろう、雑な切り株に腰掛ける

生えている草を反射的に口に放り込む

食料に余裕があるし、無理して食らうこともないだろう

嚙んでも噛んでも不味い

短い休憩を終えようとしたとき、たまに出くわすそいつが現れる

そいつの名前は、まだ思い出せない

旅に出る前は当たり前すぎて意識することすらなかった

そいつは不定形さを強調させながら、苔の上を転がっている

色が少し薄いものを捕まえる

飲むのはこいつだ

水分は貴重だ

体が枯れ木のように朽ちるまえに、次に飲む物を見つけられるだろうか

ひたすら歩き続ける

運がいいことに、次の獲物が見つかったのは食べるものが無くなってから2日後だった

しかも2匹だ

向こうはまだ気づいていない

風は?大丈夫だ、どうする

1匹は武器を持っているようだ

隠れてやりすごすか

雪舟もあるし隠れきれそうな場所もない

逃げ切ることは不可能だろう

少し離れた低地に体を伏せて待つ

雪舟に気づいたようで、2匹がこちらに向かってくる

息を殺す

ゆっくりと時間をかけて息を吐く

同じぐらい時間をかけて息をすう

もう少しで背後が取れるところで、こん棒を持った方が喚く

ギャジー。

両腕で体を押し上げ、足で地面を掴む

貯えていた力を下半身に満たして飛び出す

降り降ろされるこん棒は手で防ぐ

そいつの顔面に頭突きを食らわす

地面に押し倒し、息をさせないように肘で体重をかける

相手の手が邪魔だ

後ろからの気配を感じ、斜め前に転がる

ついでに足の爪を緑の顔にぶっさす

すぐに立ち上がり、身構える

もう一匹は、こん棒を拾って殴りかかってきた

はやく決着を付けねば、強引に前へでる

今度も倒れたやつの腹に足爪を突き立てる

こん棒は振り下ろされた

両腕で顔を保護したまま、相手に突っ込む

倒すことに成功し、上に乗って首をねじ切ろうと奮闘する

航空眼鏡に相手の爪が当たる

長い時間がたったような気がしたが、そうでないはずだ

すでに意識が失った相手から離れると、うめいている方に近づく

小刀を取り出そうとして気が付いた

こん棒を受けた左腕が痛む、骨折ではないと思うが尋常でない痛みだ

回り込んで首に最後のけじめをつける

うめき声は一瞬だけ大きくなったが、やがて何の音もしなくなる

緊張から解放されて、座り込む

安心したのか、痛みが激しい

全身を確認すると左腕以外は顔と体中に小傷がある

頭の羽根の間からも出血がある

動く右腕と足を使って雑な解体をする

「早く移動しなければ。」

血まみれの現場を離れる

痛みに耐えながらしばらく歩く

隠れるのによさげな岩間に雪舟を収めて、そのまま倒れこむ

1日か、2日か、それ以上経ったのか、目が覚めた時は死んでいなかった

垂れ流したものがひどく臭う

意識のないまま排泄していたようだ

水筒を取り出して乾いた喉に流し込む

手が震える最初の一口は吐き出した

空腹を満たすために肉を食おうとする

処理が良くなくて、かなり痛んでいる

大丈夫そうなとこだけを食らい

排泄物と腐った肉を埋めるため、穴掘り用の木製道具を雪舟から引っ張り出す

片腕だけで作業をこなす

左腕は鈍い痛みを継続して送ってくる

痛みか腕のどちらかを切り落としたい

発熱している、だるい、倦怠感がひどい

あの卑小鬼ゴブリン達のように楽になった方が幸せだったのでは

周囲への警戒が薄れている

意識を引き戻し周囲を伺う、異常はなさそうだ

安心したのか、次の瞬間には意識が消えていた

次に目が覚めると残っているのは鈍い痛みだけであった

切り落とす必要もなかったと安心する

とりあえず、今日は移動日だ

それから何日か過ぎた

歩いてもジャリジャリしない

岩が多くなってきた

ガリ、ガチッ

爪が岩に当たる

やっと両腕で雪舟を曳けるようになった

岩に乗り上げては止まる、面倒だ

やがて、岩が少ないとこに抜け出た

平たくなったとこが続いている、両脇に岩や石ころが寄せられている

いくつもの跡が残っている

足跡だと思うのだが、何か違っている

これは道だろう

歩きやすいし、ひとがいるに違いない

道を辿る

山の裾野に近づくと、木々が見えてくる

本当に久しぶりの葉が茂った木だ

そして、木々の間に何かある

木の骨組みに皮が張ってある

そして、緑色でない何かがいる

まぎれもないひとだ

自分以外のひとだ

そいつが獲物でないことを認識し、自分が生き延びたことを実感する

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