第6話 ファーストコンタクト① 2024/05/12 訂正


 雨という現象は非常に厄介なものだった。

 夜の間、ずっと寝袋兼テントに容赦なく降りかかり、うるさくて一睡もできなかった。


 眠れないことに苛ついて、フェムトに聴覚をミュートさせようかと思ったが、やめた。未知の惑星で仲間もいない状況だ。もし何か起こったら大変なことになる。チキンな性格だと笑われてもいい。俺は安全をとることにした。


 早朝、不眠で重怠おもだるい身体に鞭打って、惑星調査を再会する。


 まずは昨夜の雨水回収キットの成果だ。

 雨受けのかさを閉じて、満タンになったペットボトルを数える。セットした八本の内、六本が満タンになっていた。


「フェムト、これは多いのか、少ないのか?」


――この惑星の降雨量比較に必要なサンプルがありません――


 つかえないやつだ。まあ、俺の持っているデータは惑星調査用だ。既存の資源や技術、民俗学、それに測定、測量くらいしか対応していない。自然現象に関しては知識だけで、正確な数値データまでは持っていない。もっとも、軍の仲間たちから預かった外部野データがあるのだが……。


 トリムやグッドマンの娯楽やアダルトなんかは役に立ちそうもなく、アマニの職業別年収ランキングなんかははっきり言って容量の無駄だ。でもまあ、俺も男なんで、女性誌に書かれている理想の男性像には興味があるわけで……。


 おっと、妄想に走ってしまった。


 結局のところ、俺はしがない惑星調査員で調査には特化しているが、研究者・科学者のような専門的なデータやアプリを持ち合わせていない。

 あるといえば、ヘルムートの料理レシピくらいだろう。あれは非常に有用だ。携行食糧が無くなった際、サバイバルでの自炊に役立つだろう。

 まあ、そういう日は来てほしくないが……。


 気を取り直して調査再開。

 昨日、一昨日と植物を調査したので、今日は地質調査だ。

 地面から顔を出している大きな石や岩を直接スキャンしていく。接触式の電磁スキャンだ。大きな石や岩に触れて、内包している鉱物をチェック。

 七個目の岩で鉱物反応があった。

 暴動鎮圧用のレーザーガンではパワー不足で岩を割ることができない。いったん丘の上の拠点に戻り、レーザー式狙撃銃を持ってくる。ZOCも倒せる高威力のこれなら岩に穴を開けることができるだろう。そうすれば、穴に硬い物をつっこんで割れるかもしれない。


 安易な考えで鉱物採取に挑んだせいで、かなりの時間をロスしてしまった。およそ半日。だが、成果はあった。

 未知の鉱物を発見したのだ。


「すごいぞ! 実績間違いなしの大手柄だ!」


――…………――


 フェムトが沈黙しているのが空振りではない証。やった!


――データベースにある鉱物データと比較した結果、ナノマシンの原材料であることが判明しました――


「えっ!」


 ナノマシンについての情報は極秘扱いである。なかでもナノマシンを構成する元素は、軍でも一握りの人間しか知らない。おそらく倫理コードに類する兵士個人がアクセスできない極秘データにナノマシンの情報があったのだろう。


「そんな極秘情報、俺が知ってもいいのか!」


――かまいません。ただしこの情報を知った者には守秘義務が発生します――


「もし守秘義務を破ると……」


――軍法会議抜きで処刑が確定します――


「……フェムト、俺がナノマシンについて喋ろうとしたら、唇をロックしてくれ」


――安心してください。ラスティに言われずとも、そうするようにプログラムされています――


 処刑の心配はなさそうだ。過剰な気もしたが、軍のセキュリティの硬さに安心した。


 引っかかるものはあったが、調査を再開。

 今度は動物だ。

 今日の成果は十分なので、適当に森の小動物を光学スキャンしていく。大体の形と色をサンプリングして、丘の上の拠点に戻った。


 夜に備える。


 昨日の失敗から学習して、今日は空の状況を確認した。

 吸い込まれそうな広い空を見上げる。雨の発生源である雲は見えない。


「今日は大丈夫だろう」


 夕暮れの空は晴れ渡り、遠くの水平線が茜色に染まる。

 まっ赤になった太陽が揺らめきながら水平線に飲み込まれていく様は、幻想的だった。

 子供の頃、博物館で見た絵画を思い出す。たしか油絵というジャンルの芸術作品だったな。あの絵よりも、鮮やかで澄んでいる。


「綺麗な景色だ。まるで一枚の絵だな」


 沈んでいく夕日の反対側へ目を向ければ、夜の闇が静かにのぼっていた。

 なんて綺麗なんだろう。初めて体験する現象だ。今朝、発見した『虹』という現象も美しかった。どれもこれも俺の知らないことばっかりだ。


 いつの間にか、この惑星に遭難した悲壮感は消え失せ、胸躍る好奇心が胸にともる。軍隊生活では味わえなかった充実感。惑星調査に志願してよかった。


 日が落ちて、辺りが暗くなってから行動に移る。

 7キロ先の砦を目指した。


 壁の上に人影が見えた。

 光学迷彩のマントを羽織り、透過モードをオンにする。慎重に砦の壁に近付く。


 壁は思いのほか高く、普通にジャンプしただけではのぼれない。


「フェムト、この壁、のぼれると思うか?」


――脚力を強化すれば可能です――


「わかった。壁の天辺に手をかけられるくらいの高さでいい、やってくれ」


――了解しました。筋力強化70%――


 助走をつけて飛ぶ。壁の頂に手がかかった。第一段階は成功。見つからないように侵入しようとしたところで、遠くから声が近づいてくる。


「dshrbzvj」


 助走の音に気づいたようだ。この惑星の住民は耳がいいらしい。

 壁にぶら下がったまま巡回の兵士をやり過ごして、それから砦に侵入した。


 壁の足場――見晴らしのいい場所に陣取る。

 砦の内部はテントや焚き火が所狭しと存在していた。また兵士だけでなく、民間人らしき人々もいた。


 どういった集団なんだ?


 輪になって話しあっている兵士たちが目にとまった。

 饒舌そうな兵士を見つけ、唇をズームする。


「フェムト、会話を翻訳できるか?」


――……該当する言語がデータベースにありません――


「異星人でもいい。火星や土星の言語データがあっただろう。照合しろ」


――…………宇宙全域の言語と照合しましたが、該当する言語は見当たりませんでした――


「だったらいまからサンプリングだ。早急に解析しろ」


――了解しました――


 どれくらい時間が経ったのだろう。周囲を警戒しての音声サンプル採取だったので、時間を確認するのを忘れていた。


 焚き火がいくつも消え、起きている人々の姿が減っていく。


「言語解析はあとどれくらいで完成しそうだ?」


――まだサンプルが必要です――


 終わりが見えないので、そろそろ撤収を考え始めた頃、それは起こった。


「dsfjr!」


 突如、兵士が騒ぎだした。

 耳障りな大声は連鎖し、いつしか大合唱になった。

 騒ぎはそれだけに留まらず、凄まじい轟音が鳴り響く。

 轟音がやむと、どこから現れたのか黒い鎧の一団が砦のなかに雪崩なだれれ込んできた。

 今度は金属を打ち鳴らす音が加わった。


 戦闘だ!


 たちまち砦のなかは戦場になった。

 言語解析のサンプリングしつつ、周囲をうかがう。

 巡回していた兵士が弓矢を手にとり、黒い鎧の一団を射ていた。

 黒い鎧の一団の数は多くないが、砦の兵士の半数以上が鎧を着込んでいない。おそらく寝ているところを叩き起こされたのだろう。


 絶妙のタイミングでの夜襲。


 黒い鎧の一団は、片っ端からテントのなかへ飛び込んでいった。残りは逃げ出す民間人の後を追うか、兵士と剣を交えるか。


 乱戦は続く。

 焚き火に照らされ、武器を持っていない民間人の斬られる影が見えた。


「相手は非武装の民間人だぞ!」


 黒い鎧の一団の凶行はそれだけではない。女子供も躊躇わず斬り捨て、命乞いする者にも容赦なく刃は振り下ろされた。


「酷い、酷すぎる! 子供まで殺すなんてッ!」


 黒い鎧の一団の凶行に吐き気をもよおした。

 連合宇宙軍では無抵抗の者を攻撃してはいけない絶対の法がある。量刑は重く、人生が変わるほどのペナルティを課される。

 それがこの惑星ではどうだ。黒い鎧の一団は嬉々として無抵抗の者たちを殺めている。規律ある軍人のするべきことではない。


「殺人快楽者……獣にも劣る連中だ」


 砦の兵士を手助けしてやりたいが、連合宇宙軍の保護法が立ちはだかる。未開の惑星では防衛以外の武力行使は禁止されている。この惑星は帝国領でも連邦領でもない、未開の惑星だ。軍人なのだ、と自分に言い聞かせ踏みとどまる。

 せめて、逃げる者の手助けくらいはしてやろう。


 そう思い、戦いに目をむける。

 砦の兵士もやられてばかりではない。

 指揮官らしき女性が姿をあらわすや、兵士たちが奮闘する。見たことのない、炎や電気のかたまりを投げて応戦している。


 あの塊って、この惑星のハンドグレネードか? にしてはロスが多いな。あんなにエネルギーを放出したまま投げても効果は知れてるぞ。戦いの素人しろうとなのだろうか?


 徐々にではあるが砦側が押し返し、黒い鎧の一団を各個撃破していく。

 砦側が盛り返して逆転かというところで、黒の鎧の一団から指揮官らしき男が出てきた。


 唯一兜を被っていない男だ。

 その男は、兵士が連れてきた少女の髪を引っつかむ。

 嫌がる少女を無理矢理立たせ、何やら口走っている。

 翻訳用の言語データベースはまだ準備できていない。言葉がわからないのが、こんなにももどかしいとは……。


 男は髪を引っ張って、強引に少女を立たせる。爪先立ちになり泣きじゃくっている少女を、砦側の人々に見えるように喉笛を切り裂いた。まだ息のある少女を蹴り飛ばし、大声をあげる。

 言語解析は終了していないが、笑っているのだけはわかった。

 もう我慢の限界だ。


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