第3話 さらばブラッドノア号


 カーゴを飛び出すと同時に、惑星の重力に捉まった。

 はやくカーゴから距離をとならいと、爆破の衝撃に巻き込まれる。ボロ船と心中なんてごめんだ。


 姿勢制御用のスラスターを操り、カーゴから逃げる。

 俺の乗っていたブラッドノア号は、みるみるうちにちいさくなっていく。

 大気圏突入のさなか、俺は死神の存在を身近に感じつつも、その惑星の素晴らしさに魅了された。


 宇宙史の祖とされる航空宇宙士の名言が脳裏に蘇る。

「地球は青かった……か」


 感激とは別の涙が視界を曇らせる。

「まさか人生初の惑星降下が、士官学校の実技試験でも出ないような状況になるとは……」

 宇宙軍士官学校の訓練生時代、シミュレーターで大気圏突入は経験したことがある。当時の教官が、必要性がないとぼやくほどの儀式的な実習だ。

 本当に儀式的な試験だった。訓練生が順番に入れ替わり、必要な情報を入力して、あとはシステム任せの自動航行。

 俺はいま、当時の教官を激しく恨んでいる。


 


 そもそも惑星降下専用の船はそれほど丈夫に造られていない。対人兵装でも撃ち落とせる紙みたいな装甲だ。そんな船で交戦中に降下を試みるなんて誰が想定していただろうか。


――対人用レーザー被弾。ZOCによるものです。機体損傷率11%。航行システムにエラーが発生しました。これより本船は手動モードに切り替わります。本船での大気圏突入は危険です――


 メインシステムが警告アラートを発する。


「マジなのか!」


 俺は操船が苦手だ。複雑怪奇なレバーやボタンをいじる作業に苦痛を感じる。たえず変動する計器の数値。頭が混乱するような数字の海に飲み込まれながら、適切な判断なんてできない。

 操船技術に自信があったなら、艦の操舵手や艦載機乗りになっているって。それが苦手だから入隊時に戦闘員を志願したのに。

 

 自動航行ならまだしも、手動なんて絶対に無理だ。死亡フラグ確定だ。


「ふざけるな。フェムト、事前のシミュレーションじゃ100%だったじゃないか! 何があったか説明しろ!」


――諦めてくださいラスティ。現在の状況がイレギュラーなのです。シミュレーションを再度、実行しますか?――


「もういい! それよりも操船をサポートしろ」


――無理です。コントロールを受け付けません――


「なんだってぇぇぇーーーー!」


 第七世代AI、プロジェクトネーム〈フェムト〉。第九世代AIのM2《メタツー》や第八世代AIのM1《メタワン》には劣るものの、まだまだ現役だ。

 そのAIもお手上げの状況。惑星専用の降下艇とはいえ、未調整の予備。惑星情報も入力していないし、着陸地点も設定していない。肝心の大気圏突入の航路計算も手つかず。ぶっつけ本番の惑星降下。それも手動マニュアルで。


 何度も船体が揺れる。


「何が起こっているんだ!」


――ZOC残党の特攻です。後続ありません。これ以上の損傷はないでしょう――


 フェムトの報告通り、揺れはすぐに収まった。

 ほっとしたのも束の間、今度は船体が激しく揺れる。


「今度はなんだ!」


――デブリ直撃。機体損傷率22……24……26%。生命維持装置ダウン。機体損傷率さらに上昇28……30……32%。メインシステムに異常を検知、サブシステムに切り替えます――


 悪い情報だけが飛び込んでくる。

 船体が軋む。金属の不快な唸り声。訓練生時代に聞いたことのある死の前触れ。

 止むことなく、機体が唸り続ける。


「おいおいおい、大丈夫か? 大気圏突入で燃え尽きたりしないよな? 惑星に降下したら消し炭でした、って洒落にならないぞ」


――非常に難しい質問です。答えかねます――


「現在の降下成功確率は?」


――降下成功率28%――


「俺が生きて、降下できる確率は」


――限りなくゼロに近い数値です――

 死刑宣告だ。


 じりじりと温度のあがる船内。息苦しい。生命維持装置を手動で再起動しようと試みたが、まったく反応が返ってこない。汗が頬を伝いポタポタ落ちる。

 引かない汗、とまらない軋み。俺は死を覚悟した。

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