第28話 志保ちゃん

「ブーちゃん!」


 大学内の自動販売機コーナーで、俺を呼び止める声が聞こえた。


 さらに、手を振って駆け寄ってくる女性。ナイメール星でも見られなくもない光景だが、この地球上でこんな行動を取ってくれる子は、一人しかいない。


 身長が高くてスレンダー。可愛いさと大人っぽさがミックスされた、男子からモテモテの子。さらに、外見だけではなく、将来ナースになるんだから、モテない訳がない。


 そんな子が、俺と接してくれる。信じられない出来事だ。皆が、俺から弱みを握られているんじゃないかと心配している。そんなあさましいこと、しとらーへんわ!


 こちらの世界で、唯一の女友達と言ってもいいのかな。俺だけが思っていたら、傷つくけど。


 いつもはニコニコしている志保ちゃんだが、なんだか今日は怒っている?


 志保ちゃんは、俺の傍に来るなり「ねえブーちゃん?変な噂を聞いたんだけど。ブーちゃんにそっくりな人がニコニコ商店街で、すごく美人な女性と手をつないで歩いていたって。10頭身あって、身長高くて、お胸ぽよんぽよんで、お胸ぽよんぽよんで...」


 身長の高い志保ちゃんは、俺の顔面に合わせるように屈んで、ジーと俺の瞳を見つめながら呟いた。片時も俺の目から視線をそらそうとせずに...。


 そして最後は、全身から殺意が溢れ出していた。お、お願い志保ちゃん、瞬きをして、瞬き!怖い怖い!


「さらに続きがあるの...その男性ね、その美しいお胸がぽよんぽよんの女性を、商店街のど真ん中で泣かせていたらしいんだけど、まさか...ブーちゃんじゃないよね?」


 だから、怖いって。目を見開き過ぎ!


「そ、そんなわけな、ないじゃ、ないない...。あ、授業が始まる。じゃーねー!」


 俺は、人込みを巧みなステップでよけながら、自分の講堂に逃げた。


「こらー!ブーちゃん逃げるな!」


 後ろから、志保ちゃんの声が聞こえる。やっぱり、商店街って誰かが見ているんだな。気を付けよう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 昨晩から寝ていないが、よっぽどのことがない限り、大学の授業を休むわけにはいかない。俺が稼いだ金じゃない。父ちゃんと母ちゃんが払ってくれたものだ。


 寝てはいないが、クラリスが眠気も吹き飛ばす回復魔法をかけてくれた。クラリス...何でもありだな...。


 そして、平日の水曜日という事で、俺は夕方まで大学に通う。このため、地球へは俺一人だけで来ることにした。これは、全員と相談した結果だ。


 まだ、あまりよく地球のことを分かっていないクラリスやメルを、俺の部屋に置いておくのは心配なので、皆は俺が帰って来るまでの間、 「マリナのお店」で、生活させてもらうことにした。それに、俺の今住んでいるところはまだ狭いしな。


 つまり、大学へは「マリナのお店」から通う事になった。「マリナのお店」から洞窟までは、メルに送ってもらえば5分で、おつりがくる。


 だから、俺の腕時計を渡し、夜の7時に洞窟の前に戻るという約束をした。それまでの間、俺は大学で授業を受け、放課後は佐々木教授のところで、バイトなりレポート作成に励むことにした。


 俺や俺の奴隷、更に猪族の3人も「マリナのお店」に住まわせてもらうことにした。


 麻璃奈が「宿屋も兼ねていたから10室ぐらいなら余裕があるよ。全部、智也君と仲間内に開放するわ」と言ってくれた。


 更に麻璃奈が使っていた離れを、俺専用部屋として譲って貰えるらしい。


 離れには魔石を利用して、お風呂も沸かせるログハウス風の一軒家だ。贅沢だ。マリナは店の2階で全然いいと言ってくれた。


 それとどうせ今後、仲間が増えるだろうから、マリナの店の裏側に大きな離れを2つ増築することになった。男性用と女性用らしい。両方とも、お風呂付にする様だ。


 いやらしい話、お金ならあるから。


 麻璃奈は「私は「清い水」で生活していたから、共同生活何て苦じゃないわ。逆に、離れは寂しすぎたぐらいだったから。ただ、お願い。私も仲間に加えて。貴族の娘としての立場があるから、今すぐには智也君の奴隷にはなれないかもしれないけど」と、真剣な表情で俺に伝えてきた。


「わざわざ奴隷にならなくていいじゃないか」と告げたが、麻璃奈は、「皆と同じ立場でいたいし、インリンから聞いたけど、あなたの奴隷になると「性欲が100万倍になってしまう」って聞いたわ」と、少しほてったような表情で俺に告げてきた。


「もう、今でもあなたを思うとゾクゾクとするのに、100万倍になったらどうなるのか、想像しただけで...」と言った後、びくっと体を反らし、恥ずかしそうな目で俺を見つめた。すごくいやらしい目つきになっている。


 まだ、性欲100万倍に、かかっていないよね?


 まあ、今の行動について突っ込まずにおこう。今は...。


 だから俺が大学に通っている間に、皆で引っ越しや家の建設をする様だ。やることは沢山ある。メルは俺についてきたさそうだったが、堪えてくれた。


「ご主人様、必ずお迎えに行きますからね」そう言って俺に、無理やり作り笑顔を見せてくれた。可愛い。本当にメルは、チョッカクと同じく従順だ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 今は4限目。俺は一番前の席で講義を聞いている。教授も驚いて、「何があったんだ?」と心配しているが、「お願いします」と言って、その場で覚えて理解することに努めた。


「マリナのお店」に戻ったら、勉強などできないだろう。6人、いや、麻璃奈を含めて7人の相手で、勉強どころじゃない、だろう。


 特に6人は、俺と奴隷契約をしてしまったばかりに、性欲が100万倍になってしまった。しっかりと責任を取らないと。


 クラリスやメルからも「全員の相手をお願いします」と、こんこんと言われた。俺がくたばったら、定期的に復活魔法をかけてくれるらしい。何て贅沢な悩み何だろう。


 何だろう...。ロジンが哀れな者を見るような目つきで、俺を見ている様な気がする。気のせいだろうか...。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 授業も終わり、佐々木教授に頼まれている翻訳作業を行っている。それもすごいスピードで。いつもは時間制だから、くっちゃべって行っていたが、今日は真剣そのもの。


 佐々木教授も気にして、「何かあったのか?ブーちゃん?」そう聞いてきてくれた。ダイヤの換金を相談しようと思ったが、ふと時計を見たら、5時半を回りそうだ。やばい!麻璃奈に頼まれた調味料を買って帰らないと。


 佐々木教授に「明日、改めて相談させて下さい」と告げて、今日は帰らせてもらうことにした。さあ買い物をして帰らないと。


 洞窟の前で忠犬が待っているはず。急がないと...。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 志保視点


 またブーちゃんに逃げられた。ブーちゃんはこの大学で出会った。まあ厳密に言えば、バイトをしているお店でだけど。


 たまたま、外国人のお客さんに、運んでいたコーヒをひっくり返してしまって、揉めていた時に私を助けてくれたのが、ブーちゃんだった。


 佐々木先生と仲がいいブーちゃんは、ちょうど2人で私が働くお店へ食べに来ていた。


 外国人のお客さんが、もう何語か分からない言葉でまくし立てて、「払え、払え!」と、洋服のクリーニング代を要求しようとしてきたと思う。うっかり「はい払います」と言いそうになってしまった。


 そんな時、奥の席から「だめだ!「はい」と言うな!」と、ブーちゃんが助けてくれた。


 更に外国の人たちに、「あなた達、日本語理解できますよね。そして話せる。そんな難癖をつけて、警察を呼ばれたら困るのはあなた方ですよ?それにどこがカシミアですか?シロクマの洋服でしょ?」と、外国人2人組に恐れることなく告げてくれた。


 そのあと、私の方を見て、「「はい」と言ったら店員さん、50万円を払わなきゃいけなくなるよ。新品で買っても上下で5000円ほど。こんな人たちが着ているお古なんて、10円の価値もない」と私に教えてくれた。


 すると、ブーちゃんの遠慮の無い言葉を聞いた、外国人1人が襟元を掴み、自身の母国語で叫びながら、ブーちゃんを威嚇している。


 でも、ブーちゃんは全く動ぜず、佐々木教授をちらりと見つめた。佐々木教授が頷いたのを確認すると、襟元をつかんでいた外国人を、床に叩きつけた。


 さらにもう一人、呆然と事の状況を見つめている外国人の耳元で、「もしも仕返しで、あの子を狙ったら、窓の外の怖いお兄さん方が、あなた方の中途半半端な詐欺グループを潰しちゃいますよ」と言った。


 私、田舎育ちだから、耳がすごくいい。まあ田舎育ちは関係ないか。


 警察とは明らかに違う、黒いスーツを着た屈強そうな人たちが、外に10人位勢ぞろいしていた。その中の1人が佐々木教授に挨拶をし、頭を下げている。何なのあの教授。やっぱり...その筋の人なの?


 私を陥れようとした外国人2人組は、遅れてきた警察の人たちに連れていかれた。


 ほ、よかった...。


 いやいや、それよりもブーちゃんにお礼を言わないと、と思って探したら、「黒いベンツに乗ってどこかに行っちゃったよ」と、同じバイトの子が教えてくれた。


 ブーちゃん、あなたは一体...何者なの?


 それから...ブーちゃんが気になり始めた。田舎臭くて女慣れしていない。外見はブサイクだけど強くて優しくて、どんな国の言葉でも話せるようだ。あと、黒い筋との関係もあるの?すごい!ミステリーの主人公みたい!格好いい!


 高校時代、彼氏はいたが、外見で付き合って後悔した。その為、男性には頼らない職業で昔からやりたい仕事、ナースを選んだ。でも、ふと寂しくなる。誰かと寄り添いたいと。一緒に好きな男性と遊びたいと。


 それにブーちゃんは可愛い!ちょこまか動くし。丸くて抱き枕にちょうど良さそう。私は身長差など全然気にしない。堂々と手をつないで歩ける。だって好きだもん!


 それからブーちゃんに何度かアタックしているが、ブーちゃんは私の気持ちを、からかっていると誤解しているようだ。


 本当に大好きだと証明したいのだが、なかなか2人きりで会えない。


 それでやきもきしていたら、同じ学科の女の子が教えてくれた。あなたのお気に入りのブーちゃんがすごく綺麗で、お胸がぽよんぽよんで、10頭身の子と歩いていたと。


 それもブーちゃんがニコニコ商店街のど真ん中で、そのスライム巨乳を泣かしていたとも。


 にわかには信じられない情報だが、あの店の事を思うと本当の様な気がする。


 ふふふ。私のお気に入りのブーちゃんを渡すものですか。私だって9,7等身だもん!四捨五入すれば10頭身だもん!


 待っていなさいよ。スライム巨乳!ブーちゃんをたぶらかす、ぽよんぽよんお胸を私が直々に成敗してあげるわ!

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