第3話 第二次エラノス平原会戦

西暦2025年2月15日 帝国南東部地域 エラノス平原


 戦闘はいつも、唐突な衝突から始まるわけではない。


「旗下の指揮官と話がしたい!」


 第16師団を率いる藤田幸吉陸将は、CV90歩兵戦闘車の砲塔ハッチ上より身を乗り出し、この世界の言語で相手に呼びかける。捕虜からのボディランゲージや絵文字などを用いた聴取、そしてイタリア語やラテン語といった類似する言葉による翻訳により、尉官以上の者は下準備の間にこの世界の言葉を覚えるに至っていた。


「私がこの軍の指揮官だ。何用か?」


 数分後、馬に乗って目前に出てきた、指揮官とおぼしき者が応え、藤田は言葉を続ける。


「我が国は此度の侵略行為を指導した戦争責任者を捕縛し、損害賠償の請求を確実に行使するべく、この地に布陣している。もしこのまま戦闘を始めるのであれば、旗下は甚大な被害を受ける事となる。無用な戦闘を回避し、撤退する事を希望する」


「忠告痛み入る。だが軍人とは戦いを避ける事よりも戦いを望み、勝利によって結果を得る事が使命。卿の要求には応えられない。外交によって決着を付けたくば、我らが軍勢を打ち破ってみせよ」


 返答を受け取り、装甲車は踵を返す様に反転。走り去っていく。それを静かに見送った軍団長は、思念伝達魔法を用いて命令を発した。


「全軍、前進せよ。増援とともに10万の兵力を以て、敵を蹂躙するのだ」


 命令を発し、軍団長は本陣へと戻っていく。そして天幕に入り、ローブ姿の男から話しかけられる。


「…やはり、納得しておりませんか?」


「当然だ。皇帝陛下より預かった兵を、この様な目的で使い潰すなど…」


「とはいえ、対策は立てねば何ともできませぬ。一度の衝突で知れるところを知り、その情報を持ち帰りましょうや。各国の軍も集結を進めておりますし、時間は適当に稼ぐべきです」


「うむ…」


・・・


 さて戦闘が始まったのであるが、やはりと言うべきか展開は一方的であった。


 地竜や怪異、そして亜人族を先頭に立て、波となって押し寄せる軍勢に対し、最初に対応したのは普通科所属の特科部隊であった。同心円状に掘り巡らされた塹壕には、L16・81ミリ迫撃砲とRT120ミリ重迫撃砲が数十門設置されており、土嚢と土類、そして天幕で巧妙に隠されていた。


「撃て!」


 命令が下り、一斉に数十門が発砲。10キロメートル先に幾つもの火柱が聳え立つ。それだけで多数の怪異が吹き飛び、地竜も自慢の固い鱗で耐えるも動きが鈍くなる。そして今度は、陣地に身を潜めていたFH-70・155ミリ牽引式榴弾砲が砲身をほぼ水平に向け、地竜に向けて砲撃を放った。


 604センチの長さを誇る砲身より、秒速827メートルの高速で放たれた43キログラムの砲弾は地竜を真正面から貫通し、直撃と同時に信管が作動。空中での爆破なら半径10メートルの敵兵を一掃しうる程の破壊力が地竜の頑丈な骨格と鱗を粉々にする。戦車部隊も同様に砲撃を開始し、多数の120ミリ装弾筒付翼安定徹甲弾APFSDSが地竜を八つ裂きにしていく。


「敵軍、正面戦力の撃破を確認。続いて後方陣地への攻撃を開始します」


 AMV装甲車・指揮通信型の車内にて、幕僚の一人が藤田に報告する。やや遅れて、10式戦車とCV90歩兵戦闘車からなる機甲部隊が、敵軍本陣の側面を突く形で前進を開始する。それを把握したのか、将兵の多くは奥手の森林へ駆け込み、後退していった。


「ふむ、こちらの火力と射程を理解したか。戦車部隊を下がらせろ。今は空自の飛行場が建設できる範囲まで広げるぞ」


「了解!」


 命令を受け、第16師団の普通科連隊は複数の大隊規模戦闘団を編成。装甲車やトラックで移動しつつ、『転移拠点』から半径20キロメートル圏内の制圧を開始する。


 彼らが『エラノス平原』と呼んでいるこの地は広く、東には海岸線があり、南には小高い山々が峯を連ねる山地がある。車両からの無線指令が可能なタイプの偵察ドローンで状況を把握した特別地域派遣部隊司令部は、直ちに戦力配置を開始した。


 まず北部には第16師団を置き、連隊ごとに個別の駐屯地を置き始める。それも日本本土のそれとは異なり、塹壕や砲兵陣地を張り巡らした、砦に近いスタイルである。この世界ではラティニア帝国以外にも、この世界特有の野生動物と対峙しなければならないからだ。


 続いて西部には、本土で編制中の第17師団と交替する要員として第1師団と富士教導団が配置。しかし装甲車両や重砲の数が少ないため、遠隔操作による起爆が可能な対戦車地雷やクレイモア指向性散弾発射装置、その他ブービートラップによる遅滞戦術をメインとした障害を配置している。


 そして南部には、第12旅団が展開。山としては低標高なものの、南から来るであろう脅威に備える防壁として活用するには問題ない高さであった。山頂の各地には監視塔が築かれ、さらに戦国時代の祖先達に倣う形で幾つもの空堀を掘り、塹壕の目前には土塁を築き、逆茂木を並べていく。


 その間も2個師団と2個旅団は防備を固めながら、帝国軍の再度攻勢に備えていく。一方で『転移拠点』の付近にて、堅牢な鉄筋コンクリート造りとして建設が進められる総合庁舎では、伊沢より内閣特命担当大臣に任命された内藤浩一ないとう こういちが数名のメンバーを集めて話し合っていた。


「今回の戦闘は無事にしのげましたが、ずっと戦争状態にいる訳にもいきません。特に本土側の事を考えますと、複数方面に戦場を抱える訳にもいきません」


「ええ。ですが、捕虜達をカードに交渉を仕掛けるとしても、まともに政治を担っている者達に接触が出来ていませんからね…」


 外交官を担う三田裕次郎みた ゆうじろうの言葉に、内藤は小さく頷く。


 そして時は2か月が経ち、自衛隊がエラノス平原の大部分を占領した頃になって、新たな軍勢がその場に現れる事となったのである。

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