第6話 鋼鉄の壁

西暦2026(令和8)年2月18日 ベルジア王国西部


 この日、ベルジア王国の西部に広がる平原で起きた『戦闘』は、歴史書等において『炎の一日』とまで呼ばれる程の惨事に陥ったという。その出来事を生み出したのは、ほかならぬ日本防衛軍であった。


「ベリョーザ1より各機、攻撃用意」


了解ダー


 Va-44〈ドラコン〉戦闘爆撃機のコックピットに座る隊長の矢野光やの ひかる大尉は3機の僚機に向けて言い、返答を受け取る。〈ドラコン〉はロシアのスホイSu-34〈フルバック〉戦闘爆撃機を、日本最大の航空機製造企業である極東航空産業連合がライセンス生産したものであり、最大8トン分の爆弾や4発の空対艦ミサイルを装備し、外洋における敵艦隊の攻撃や、高麗共和国を含む大陸の沿岸部に対する報復攻撃を担う戦術爆撃機である。


 此度の平和維持作戦には第2航空師団隷下の第2爆撃機連隊に属する〈ドラコン〉が、ベルジア王国における対ローディア帝国軍迎撃に参加している。ティヘリアの飛行場より出撃した4機の〈ドラコン〉は、マッハ1の巡航速度で国境地帯へと駆け付け、広大な平野を埋め尽くす様に展開している帝国軍に向けて爆撃を仕掛けようとしていた。


「敵軍を捕捉。これより爆撃開始する」


 機首のB004多機能レーダーで捕捉するや否や、4機は散らばる様に展開。そして動揺を露わにする敵軍の陣地上空を進み始める。


「投下開始」


 操縦桿のトリガーが引かれ、主翼下部のハードポイントに鈴なりになる様に搭載された、計22発のFAB-250・250キロ航空爆弾がバラバラと投下されていく。それは〈ドラコン〉が通過した地全てにまんべんなく落下し、着発。瞬時に土煙と火柱の壁が聳え立つ。


 攻撃は地上、アシガバード西側の平野からも放たれる。飛行場のない平野でも離着陸が可能なVa-28〈グーシ〉戦術輸送機によって運ばれた第1砲兵師団隷下のBM-30『スメルチ』多連装ロケット砲が、攻撃に参加していたのだ。


 ロシアで開発されたものをライセンス生産したものである『スメルチ』は、最大射程が70キロメートルに達する300ミリロケット弾を一度に12発発射する能力を持つ。しかも弾頭はアメリカのM31ロケット弾に範を取り、小爆弾の代わりに大量の金属製の球体を詰め込み、ショットガンの銃弾よろしく広域に鋼鉄の驟雨を浴びせかけるショット弾頭を採用したJR07弾であった。


 はたせるかな、サッカーコート2面分の面積に84発の鉄球弾を叩きつける砲撃はその場に屯していた数百数千の兵士をミンチに変え、僅か一斉射で6万もの将兵が鉄球とともにベルジアの土に混ぜ込まれる事となった。


「ベリョーザ1よりグネーズド、着弾を確認。再度攻撃の必要性は見受けられず」


『グネーズド、了解。直ちに帰投せよ』


「了解」


『バスーニャよりベリョーザ各機、敵航空戦力を確認。至急離脱せよ』


 上空に展開するVa-34〈ニェーボ・グラザ1〉早期警戒管制機AWACSから報告を受けた直後、矢野は10騎ものワイバーンの編隊がこちらへ向かってくるのを視認する。ベリエフA-50〈メインステイ〉AWACSのライセンス生産機たる〈ニェーボ・グラザ1〉は、レーダーの近代化により巡航ミサイルや大型飛行ドローンの探知能力を確保している。ましてやアメリカ製無人航空機よりも遅い飛行生物を捕捉する事など造作もない。


「了解した…とはいえ、ただで逃げるわけにもいかない」


 そう呟いた直後、ヘッドマウントディスプレイを仕込んだヘルメットで先頭を進むワイバーンを睨む。直後に操縦桿の操作に連動して、2騎のワイバーンに照準が定められる。


「発射…!」


 引き金を引き、主翼端に装備されている2発の空対空ミサイルが発射。マッハ2.5で飛翔するそれは、弾頭部の赤外線追尾装置によってワイバーンの体温を感知。寸分の狂いなく食らいつく。


「撃墜2、確認」


 矢野はそう呟き、原型のSu-27〈フランカー〉よりも大きい機体を翻させた。


 後に、この空戦の結果は、〈ドラコン〉の実戦における最初の撃墜記録として知られる事となる。

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