第19話 違和感はいくつもあった
放課後になっても、
避けられていることはうっすら気付いていたけど、綾斗は羽菜と話がしたかった。いつも通りの羽菜を見て、安心したかった。
放課後、綾斗は自習室に向かう。いつもの羽菜だったら、自習室で勉強をしているはずだ。
しかし生徒達で賑わった自習室の中に、羽菜の姿はなかった。もう帰ったのかもしれないと思い、下駄箱を覗いてみたが靴は残っていた。まだ校舎内にはいるらしい。
もしかしたら図書室にいるのかもしれないと思い、渡り廊下を歩く。
ふと、何気なく外を見ると、クラスで一番人気の
(たしかあの二人って、そこまで仲がいいわけではなかったような……)
普段から周囲を観察している綾斗は、クラスの人間関係もある程度は把握している。
相良雅は良くも悪くも八方美人で、特定の女子と親しくなることはなく、みんなと平等に接していた。木崎愛未も似たようなものだ。警戒心が強く、相手が女子であっても安易に心を許すタイプではない。
二人が教室で仲良くしているのは見たことがない。先日の体育で二人がペアを組んでいたのだって、何か裏があるような気がしてならなかった。
だからこそ、あの二人が放課後連れだって歩いているのはおかしい。少し距離を取って歩く姿からは、お互いを警戒しているようにも見えた。
そして二人が向かっているのは恐らく校舎裏。なにやら不穏な空気を感じた。
(あれは修羅場だろうな……)
そんなことを考えながら渡り廊下を抜けた。
その直後、階段から誰かが慌ただしく降りてくる音が聞こえた。視線を上げると、相良雅の彼氏である
千颯は綾斗の姿を見つけると、慌てた様子で肩を掴んだ。
「水野! いいところに! ちょっと聞きたいことが!」
肩で息をしながら興奮気味で綾斗を引き留める千颯。あまりのテンパり具合に驚きながらも、綾斗はいつも通りの笑顔を浮かべた。
「千颯、とりあえず落ち着けって。何があった?」
「雅と愛未が二人で話し合いをするって聞いて!」
「あーあ……」
その言葉で事情を察した。彼女たちの修羅場の原因は、きっと彼なのだろう。
「どこかで二人を見かけなかった?」
「見たよ。ただならぬ雰囲気で二人が校舎裏に歩いていくのを見た」
「校舎裏!?」
千颯の顔はみるみる青くなる。「まさか殴り合いの喧嘩でもするんじゃ……」なんてぶっ飛んだ想像もしていた。
それから千颯は慌てた様子で渡り廊下に向かう。
「ありがとう! 行ってみる!」
そう叫ぶ姿を見て、綾斗も自分の目的を思い出した。
「待って、千颯! 羽菜ちゃ……じゃなくて白鳥さん見なかった?」
綾斗の言葉で千颯は足を止める。少し考え込んだ後、こくりと頷いた。
「見た。視聴覚室の方に向かってた」
その言葉で綾斗は息を飲む。心臓が激しく鼓動し始めたのを感じた。
視聴覚室の先には、屋上がある。最悪の展開が脳裏に浮かんだ。
「大丈夫?」
千颯が心配そうに綾斗の顔を覗き込む。綾斗は咄嗟に作り笑いを浮かべた。
「大丈夫だよ。ありがとう、教えてくれて」
「こちらこそ。……なんか知らんけど、頑張れよ」
なぜか千颯に激励される。綾斗は小さく頷いた。
「うん。そっちもね」
千颯は力強く頷くと、渡り廊下を駆け出した。
その背中を見届けることなく、綾斗も走り出した。
*・*・*
視聴覚室を通り過ぎ、屋上につながる階段を駆け登る。屋上の扉は、あの時と同じように半開きになっていた。
入口を封鎖していたテープも剥がされている。ただならぬ気配を感じて。綾斗は急いで屋上の扉を開けた。
金網の前では、アッシュグレーの長い髪が揺れている。扉が開く音を聞いて、彼女はゆっくりと振り返った。
そこにいたのは、羽菜だった。
「綾斗くん……」
光を失った瞳で羽菜は呟く。これ以上近付いたら、羽菜が消えてしまいそうな気がした。
扉の前で綾斗は静かに尋ねる。
「羽菜ちゃんだったんだね……。屋上の鍵を盗んだのは……」
その言葉で、羽菜はあっさりと白状した。
「はい。綾斗くんには、バレてしまったようですね」
「どうしてそんなことを……」
その答えは、何となく察しがついていた。屋上で羽菜に話しかけられた日から、その可能性が浮かび上がった。
だけど、真っ先に否定した。そんなはずがない、と自分に言い聞かせながら。
違和感はいくつもあった。
誰も近付かないはずの屋上に羽菜がいたこと。
綾斗が金網に触れていただけで飛び降りだと判断したこと。
綾斗が飛び降りようとしていたと知って、泣きながら感情を露わにしたこと。
それらは全部、ひとつの答えに繋がっている。
羽菜は虚ろな瞳で答える。淡々と、でもはっきりと。
「死のうと思ったんです」
羽菜の言葉に、やっぱりと納得する自分がいた。
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