第5話 心を通わせ始めた二人は甘々な時を重ね過ごして……。そんな二人に忍び寄る不穏で不吉な影。

「柚結さんはお母上と茶屋を開いていたのですよね?」

「はい、短い間でしたが……」


 庭の長椅子の、私の隣りに座る陽太さんの声が近い。


 腕が触れるぐらい近いから……。

 あまい……動悸がする。

 とても甘ぁい……。


 陽太さんに、わたし、……いつになくドキドキしてしまうのです。

 こ、こ、これはやっぱり!

 私は陽太さんと……接吻くちづけをいたしてしまったからでしょうか?

 それと、きっと……仮り初めではなく陽太さんの本当の花嫁さまにしてもらえたからというのもあるのですね。


「あのっ……。柚結さん、俺。あなたにじっと見つめられると照れるんですが。もしかして俺の顔になんかついてますか?」

「いえっ、違うんです。ただ見つめていたかった……だけです」

「はあーっ、柚結さんはなんて可愛いんだ。そしてさらっとそんな甘い言葉を口にされてしまうなんて。それにあなたの笑顔、罪な破壊力ですね」


 ふたたび、陽太さんの顔が近づいてきて。

 にっこりとわたしに笑いかけてくださいますが、口づけられてしまうのでは? と思うほどに距離が迫ってくるので、どきーんと胸が弾んでしまいます。


「陽太さん! あのっ、……近いです、恥ずかしいです」

「えっ? ああーっ、ごめんなさいっ。俺、ちょっと距離感が……。どうも春乃や風葉とかにするみたいになっちゃって。好きな人には遠慮がないのかも。……嫌でした? 迷惑ですか?」

「あっ、いえ……、決して嫌とかそうではなくってですね……。まだ年の近い殿方と近い場所にいるのが慣れないので」

「良かったぁ。柚結さんに嫌われたら、俺生きていけません」

「嫌うだなんて……絶対ないです」

「ふはっ、嬉しいです。柚結さんの心に少し近づけた。そう思って良いですか?」

「……はい」


 私はそっと……、長椅子の上に置かれた陽太さんの片手に触れてみた。


「あの……柚結さん」

「あっ、あのっ! 陽太さんの手、勝手に触ってごめんなさい」

「ううん、ぜんぜん。嬉しいです。どうせなら、手を繋いでも良いですか?」


 きゅっと結ばれた手はあたたかくって安心する。

 と、同時にドキドキもします。


「そうだ。柚結さんはお店でどんな茶菓子を出していたんですか?」

「私が作るのは、ついたうるち米で作るおかきやお饅頭、ふかし芋を使った栗きんとんとか栃の実を使ったとち餅などでした。……陽太さん、今度は春乃ちゃんや風葉くん、それから駿太郎さんとみんなでお菓子づくりをしませんか? こんなに桜の花が満開で綺麗なんですもの。ぜひ、お花見に出掛けましょう!」

「ふふふっ。良いですねえ」

「……? ……おかしかったですか……?」

「いえ。いきいきとしてるなあって。柚結さん、お菓子作りが好きなんですね」

「はい。母との思い出の味を皆さんにも味わってほしいですし。作っていると母を感じられるんです」


 私は穴があくのではないかというほど、陽太さんにじっと見つめられてしまうと、どうしたいいのか分からずに動きがぎこちなくなってしまいます。


「柚結さんとお母上の大切な思い出の味。俺にもぜひ作り方を教えてください」

「はい、……喜んで。あのっ、陽太さんのご両親との思い出の味も、私に教えてくださいね」

「ええ、ぜひ。春乃や風葉、駿太郎も母上の作ってくれたご飯はもう遠い記憶になっているだろうから。時々ね懐かしい味の料理を作ってやると、めちゃくちゃ喜ぶんですよ」

「そうですよね。味は記憶や思い出を呼び起こしたりしますもの」


 遠くから、春乃ちゃんや風葉くんの声や、ちいさなあやかしたちが楽しそうに笑い合う声がいたします。


 私はやっと、平穏な居場所を得られた気がいたしました。

 優しさで満ちた、陽太さんの家。

 みんな仲良しで思いやりを感じる暖かい場所。


「あなたが来てくれて良かった。みんな楽しそうです。俺も楽しいんですけどね。なんだか前よりもっと……。うん、とっても家が明るくにぎやかになりました」

「ええっ、ありがとうございます。……私、誰かにそんな風に言われたことがなかったのですごく嬉しいです」


 そこで「柚結ちゃまー、柚結ちゃまー。お兄ちゃまー、どこですかあ?」と声がしてきました。


「春乃ちゃんが呼んでますね」

「ああ、ホントだ。春乃はすっかり柚結さんに懐いて。春乃も風葉も柚結さんにべったりで、甘えてばかりだなあ。さて、皆でおやつを食べましょうか」

「はい」


 陽太さんが長椅子から立ち上がりますと、私と繋がれた手をそのままそっと引っ張って私を立ち上がらせてくれます。


「あなたのこと大好きになったんです、みんな。遠慮せず心置きなく、俺にはもっと甘えてくださいね?」


 陽太さんが私にだけに向けてくださいますその笑顔に、私のなかの「大好きっ」も溢れてきてしまいそうになります。


 きっと……はたから見たら私の顔は蕩けそうになってるんでしょう。

 どうしましょう! 私はこんなに幸せすぎて、心が舞い上がって本当に空を飛んでしまうのではないでしょうか。

 陽太さんに横抱きにされて飛んだ空を思い出します。


 どうか、これが夢や幻ではありませんように。



 この穏やかな日々がずっとこの先も続けばいいなと思っておりました。

 しかし――。

 運命の歯車は私たちの預かり知らぬところで、不穏で不吉な影を忍ばせておりました。


 私、一条柚結いちじょうゆゆの出生の秘密に、人間世界の一条家では大騒ぎになっているとはこの時の私も陽太さんも露ほども思っていなかったのです。

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