学級委員長と不良少女 Ⅶ
今日だけで、白銀魅月について沢山知った気がする。
L字に置かれた二つのソファを、それぞれが独占。
大音量で流れるメロディ。
それに負けないくらい大きな、彼女の声。
彼女は、歌が上手かった。
テレビ番組でお馴染みの採点機能で、金色や虹色の星が降り止まない。
最近流行の歌から、両親が聴いたら懐かしむ時代の曲まで。ジャンルはロック系や男女アイドル系がメイン。
それから、英語部分の発音がとても綺麗。
「英語、得意なの?」
「ぜんぜん!」
「すごく発音綺麗だと思う」
「ありがと! 聞こえてるまんま歌ってるだけだけどねー」
「じゃあ、英語の歌詞の意味は?」
「ぜんぜん!」
そして声量が半端無い。
この小さな身体のどこからこんな声が出るのだろうか。
まぁ喉からなんだろうけれど。
それから、これが一番驚いたのだけれど、結構踊る。
幼少の頃、ダンス教室に通っていた事があるらしい。
あれだけ身体を動かしながら、音程をそんなに外さず大声で歌えるなんて。
「もうそのまま歌手になっちゃえよ」
声に出した呟きは、音楽と歌声の嵐に飲み込まれ、誰にも届かず消えて行く。
「ああー歌ったー!」
私が萎縮してなかなか選曲しないから、白銀さんには四曲連続で歌わせてしまった。
「いいんちょも歌いなよー」
炭酸ジュースをちょっとずつ飲みながら、白銀さんが私のすぐ隣にやって来た。
肩を抱き寄せられて、頬と頬が当たる。
この子は距離感もバグっているようだ。
「操作分かる?」
「……そのくらい、見れば分かるし」
「好きな歌手は? ここに入力するんだよ」
「……分かってる」
さっき白銀さんも歌ったアーティストなら、私も知っている。
「おお! いいんちょもこの曲好きなの?」
「えっと、まぁ」
「入れちゃえ入れちゃえー」
「でも私、カラオケ初めてで……全然歌えないと思う……」
「そんなの気にすんなって!」
「うぅ……」
流れ出す前奏。緊張が高まる。
マイクを両手で握る。冷たくて、少し重い。
スピーカーから垂れ流される自分の声が、気持ち悪い。
音程がめちゃくちゃなのが分かる。
自信を失って、声が小さくなる。
恥ずかしい。
横目で、白銀さんを見た。
スクリーンを見ながら、音楽に乗って身体を揺らし、歌詞に合わせて小さく口を動かしている。
こんなにも楽しそうにしている彼女を見てしまったから、途中で止める事などできなくなってしまった。
結果、散々な点数が表示された。
機械からのアドバイスは、何だか気を遣われているみたいで、
「ナイスファイトいいんちょ! カラオケデビューおめでと!」
「ごめんね、白銀さんの好きな曲を汚してしまった……」
「ぇえ!? そんな事思ってないよー!」
「ねえ、どうやったらそんなに歌えるの?」
「んー……聞こえたまんまの音を、出す感じ?」
「……私には難しそうだわ」
白銀さんは自分の唇を指で弄りながら、ソファに背を預け天井を見上げて
悩ませてしまったかな。
「ごめんね変な事言って。気にしな……」
「そうだ!」
彼女の声はいつも大きくて、びっくりする。
「いいんちょ、あたしと同じ音、出してみて」
そう言うと、一定の音量、一定の音程で、白銀さんが声を出し続けた。
戸惑う私を面白がって、スマホに指を滑らせ『ほらはやく』と文字で急かす。
恥ずかしくて声を大きく出せずにいると、彼女の声量に負けて自分の声が聞こえないので、合っているか分からない。
仕方なく声を大きく出してみた。
自分でも、彼女と私の音程が違う事が分かる。
白銀さんは更にスマホに文字を打つ。
『もうちょいたかく』
何度も息継ぎをして、声を出す。
『もうちょい』
でも、なかなか合わない。
『ちょこっとさげ』
難しい。
『もっとこえだして』
『もっと』
ヤケクソになって、一気に声量を上げた。
すると白銀さんも負けじと声を張り上げる。
お互い、笑いそうになる。
どんどんエスカレートして、なんだかもうどうでも良くなって――
その瞬間は、突然やって来た。
芯が通って、繋がるような。
二つの波が、共鳴するような。
『これ! これ!』
白銀さんが興奮気味に、スマホで文字を打つ。
私にも分かった。
合わさっている。
重なっている。
響き合っている。
『音程が合う』
たったそれだけの事なのに。
感動した。
白銀さんが、両手を広げた。
だから私は、思わず飛び込んでしまった。
勢い余って、彼女を押し倒した。
その後は二人共、馬鹿みたいにめちゃくちゃ笑った。
* * *
何時間、歌ったのだろう。
一曲ずつ交代で。知っている曲は時々、一緒に。
窓の無い部屋で、時計を見るのも忘れて、白銀さんと私は歌い続けた。
私の点数は相変わらず低かったけれど、だんだん音程も合わせられるようになった。たまに全国の平均点を上回ると、白銀さんが大はしゃぎで一緒に喜んでくれた。
彼女は全身でカラオケを楽しむ人だった。
ソファの上で飛び跳ねたり、くるくる回ったり。あんまりふざけ過ぎて、ロングトーンの途中で息切れしたり、超高音や超低音で無理をして咳き込んだりもする。カラオケ初体験の私には、そういうの全部が
「すごいね。激しい曲ばっかり」
「ゆっくりな歌は苦手なんだよ」
「ちょっと聴いてみたいかも」
「えー……ガチで下手だよ?」
「たまには下手な所も見せてよ」
「しょーがないなー」
男声のバラッドを歌わせた時が一番面白かった。
ダンスを封印し、全然身体を動かさなくなった。前屈みになって画面を凝視して、音程とリズムを合わせるのに必死になった。少し震え気味な声が、時々ビブラートとして加点されて行く。
他の曲より点数は低かったけれど、彼女の紡ぐ緩やかな低音は、甘くて優しくて、とても格好良かった。
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