1-2

 ハッと目覚めると私は保健室にいた。


「あら、起きた?」


 布団を跳ね除ける音を聞きつけて、品の良いマダムのような風貌の保健室の先生がカーテンを開けた。


「先生、私はまた……」

「うん、魔法を爆発させたみたい。保健室の窓から見えてたわ」


 と言って、先生は私にステッキを渡す。

これは、私の……。


 なのだろうか。

ステッキからは枝が生えてきて葉がおおい茂っている。

またステッキを壊してしまった。


「不思議よね、芽が生えてくるなんて」

「そうですね」

「そうそう。目が覚めたら面談室に来なさいって、担任の松田先生が言ってたわよ」

「はぁい……」


 私は頭をくらくらさせながらベッドから起き上がった。


 あ、良かった。

今日は髪の毛焦げてないや。


 そう思いながら自分の肩にかかる薄茶色の髪を指で弾く。

今朝ヘアメイクの動画を参考にフィッシュボーン編みをしてみたけれど、それはぐちゃぐちゃになっていた。

ので、ほどいてみたらパーマがかかったみたいになってこれはこれで良い気がする。


 ベッドから降りてお気に入りの桜色のスニーカーを履いていたら、保健室の先生が「あ、そうそう」と人差し指を天井に向けた。


「今日は魔法省の方が来てるから、すれ違ったら挨拶はしっかりね」

「はーい」


 寝ている間にシワになってしまった紺色のセーラー服を少しはたいて、私は早速職員室へ向かった。


 廊下の窓から見える校庭を眺めながら歩く。

すると、確かに魔法省の職員の証であるヴァイオレット色のローブを着ている人がちらほらと見えた。

その姿は歴史の教科書に載っている魔法使いのイメージそのものだ。


 でも今は呼び名も魔法師だし、ローブを着ている人なんていない。

だけど魔法省は古くから魔法に関する全て……つまりこの世の全ての規律を決めてきた伝統的な組織だから、ローブを纏う慣習が残っているらしい。


 きっと、彼らは今日ここへ定期視察に来ているんだ。

黒魔法を使う子どもが出ないように。

黒魔法は、国を滅亡させたり人の命を奪ったりできる恐ろしい魔法だから……。


「って、ちょっと待て。みかげ、まさか黒魔法に巻き込まれて退学になったんじゃないよな?」


 回想の最中、琥珀ねぇが口を挟んで私の意識は現実に引き戻された。

琥珀ねぇは珍しく不安な顔をしている。


 “黒魔法を使えば代償として何か特別なものを失う”

それは私たち人間が幼い頃から口を酸っぱくして言われている事だから、話題に出れば不安になるのも無理はない。

私は疑いを晴らすために思い切り首を横に振った。


「違う違う! 魔法省の話をしたのは、学校で瑠璃ねぇに会ったからだよ。ね、瑠璃ねぇ」

「ええ。たまたま今回の視察がみかげちゃんの学校だったのよ」


 実は、瑠璃ねぇは魔法省の職員なのだ。

昔からすっごく優秀で、ラディアント魔宝石学園という超難問校を首席で卒業した後、その頭脳と魔法の腕を買われて魔法省で働いている。


 話を聞いた琥珀ねぇは「あぁ」と頷きかけて、やっぱり首を傾げた。


「瑠璃ねぇと学校で会ったことが退学と何か関係あるのか?」

「ないね」

「ないんかい」


 琥珀ねぇは私にツッコミを入れた後、深刻そうにため息をついた。


「みかげが魔法を爆発させるなんていつもの事だし、退学の理由はトラブルっていうよりーー」

「……琥珀ねぇ、先読みしないでよ。ここからが大事なんだから」

「だって長くなりそうだからさ」

「それでね?」


 私は無理やり再び回想にふけった。


 担任の松田先生が待っているだろう面談室に行くには、ここから一つ上の階に行かなければいけない。

いそいそと階段を上がっていると、目的の階から聞き慣れた声が聞こえた。


「じゃあ、今日はこのあたりで魔法省に戻りましょう」


 え!?

この声は瑠璃ねぇだ!

今日来てたんだ、まさか学校で会えるなんて!


「瑠璃ねぇ〜!!」


 私は嬉々として階段を駆け上がった。

すると、声のする方に曲がったところでお決まりのように誰かに盛大にぶつかった。


「ぎゃあっ!?」

「うわ!?」


 まるでレモンティーのような。

さっぱりとしていて、少し甘い耳触りのハスキーボイスがした。

けれどそれを味わう暇もなく、私の体は衝撃に耐えきれずに階段に向かって宙を舞う。


 やばい、死ぬ!?


 と思った瞬間。

暖かくて優しい黄緑色の光に体を包み込まれた。

そして気付いた時には、なんとふわりと地面に着地できているではないか。


 今のは、風の魔法……?


 驚いて顔を上げると、目の前に透き通った黄金色の瞳と髪を持つ青年が私を覗き込むように立っていた。


「大丈夫か?」

「は、ハイ……ごめんなさい。ありがとうございます……」


 と謝りつつも私の視線は目の前の青年に釘付けだ。


 な、な、なにこの人ーー!?!?

綺麗すぎる、芸能人!?


 と思ってしまうような彼はボリュームのあるアイスブルーのトップスに黒いボトムを履いていて、ショートウルフのヘアスタイルが中性的な魅力を引き出していた。


 色白で目鼻立ちも整っていて、まるで私が小さい頃遊んでいた人形みたいだ。


 さっき魔法で助けてくれたのはこの人?

でもステッキを持っていない。


 魔法を使うには木でできたステッキが必須だ。

なんでも木材には人間の意志と魔力を繋げる性質があるらしい。


 ということは、瑠璃ねぇの魔法だったのかな。

この人は何者なんだろう?

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