二十時からの自由時間(4)

「ひょっとして、ロシェスとご主人て既にそういう仲だったりする?」


 ベッドにドカッと腰掛けたテダが、自分の脚をテーブル代わりに頬杖をつく。

 彼が呆れ顔をする理由も、わからないではない。どれだけ好待遇をしてもらっているとしても、結局は人身売買に関わった人間だろうにと思っているのだろう。

 けれどそれは、ナツハ様の境遇を考えれば仕方がなかったといえる。もしアロンゾ皇国が聖女の行方に対して懸賞金をかけていたなら、高級奴隷以外がそのことを知ればあの方を皇国に突き出した可能性が高い。

 また現時点でそうでなくとも、聖女の力を使う限り話題にはなってしまうだろう。聖女の力を隠してきゆうくつに生きるのではなく、高級奴隷を隠れみのにするのは賢いやり方だと思う。聖女だと判明した途端、皇国がナツハ様を惜しいと考え直して連れ戻すのは目に見えているのだから。


「私が一方的に慕っているだけです」


 短くそう答えれば、テダはそれに短い溜め息で応えた。


「俺が貸してもらった金の出処がそのご主人なんだから、俺も嫌悪が消し飛ぶくらい感謝しかないさ」

「それはよかった」

「にしても一方的……ねぇ。奴隷扱いしていない男と二人で暮らしている時点で、十分脈はあると思うけど」

「そうだとして、確認するすべはありませんから」


 奴隷は法的に、伴侶を持つことができない。その背景から、恋愛感情を伝えることは、声であれ文字であれ制限がかかる。主人以外に心を移せば重大な裏切りであるし、主人本人の場合はややこしい事態になる前の防止策といったところだろうか。

 主人が本人の意向で奴隷に恋人になるよう命令するのは可能だが、その際も制限がてつぱいされることはない。よって、お互いの意思がどうであれ『恋人ごっこ』の域を出ない。

 そのような仮の恋人関係で、感情を日々持て余している私が満足できるはずもなく。それに、何よりナツハ様がそのような命令をすることはないだろう。


「街の人たちの間でも、ロシェスとご主人の仲の良さは有名だったぞ。ああそうそう、ご主人については、何だっけ。遠い国の金持ちのお嬢が家の方針で修行に来てるとか、そんな噂を聞いた」


 尾びれ背びれがついた噂に、思わず吹き出しそうになる。

 遠い国から来たというのは合っている。けれど、おそらくナツハ様が異世界の持ち物を売却したか何かで結果的に大金が手に入っただけで、その他についても彼女自身が語った設定だとは思えない。

 商業ギルドの長、ロドリゲス・グストが一枚噛んでいると思ってよさそうだ。高級奴隷商の店『ニーダ』を紹介したのも、彼だと聞いた。

 グスト氏については、ナツハ様と頻繁に顔を合わせる人物なので調べてある。

 彼はアロンゾ皇国の商人と折り合いが悪いという。何でも、商業ギルドに登録されている商品の粗悪な模造品を製造販売されたとか。そしてそれは、どう考えても一介の商人が扱う規模ではなかった。明らかに高位貴族、あるいは皇族の介入があったと思われた。

 幸い模造品であることを証明できたので、商業ギルドに被害は出なかったらしい。皇国の商人は補償をせずに行方をくらましたというから、そのことも彼が皇国を嫌う理由なのだろう。

 リジラの街に来て最初に接触を図った人物として、偶然とはいえナツハ様は良い人選をされた。彼は彼で、さすがに確信までは持たなかっただろうが聖女らしき人物としてキープした……といったところだろうか。

 現在、ナツハ様は商業ギルドの会員――彼の関係者となった。商業ギルドを大切にする彼の性格からいって、この縁はナツハ様にとって安全だと判断していいだろう。


「その噂についての真偽は話せません。でも、私は真実を知っている。そしてそのことでよりあの方の役に立てる。だから私は、あの方の奴隷であることから解放されるわけにはいかないんです」

「! そうか。高級奴隷は契約の解除と一緒に主人に関する記憶が無くなるから……」


 私の状況に思い至ったテダが、ちんつうな面持ちでこちらを見てくる。

 ナツハ様の秘密を知り、必要とされるのは私でありたい。

 けれど、それでは私が望む形では彼女は手に入らない。


「ええ。ですので、確認する術がないというわけです」


 ままならない。

 私はテダに、そして自分自身に向けて、苦笑いを浮かべるほかなかった。

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