評判の薬(3)

 ロシェスから私の鑑定スキルの落とし穴を聞いて、早一週間。


「お買い上げありがとうございました!」


 本日最後の客を見送った私は、店内に一人になってからもしばし貼り付けた営業スマイルをがせないでいた。

 初級HP回復ポーション+1の裏メニューならぬ裏効果は、実は思っていた以上に暗黙の了解となっていたらしい。

 この一週間、ロシェスに工房を任せ一人店番をしていた私は、どう考えても常備薬の用途以外でお買い求めだと思われるご夫婦を何組も応対することとなった。

 一般市民の大量購入に疑問を持ち、最初の一組目に用途を尋ねてみたのが間違いの元。


『昨夜これを使ったら、その……数年ぶりに主人と熱い夜を過ごせまして』


 恥ずかしそうに、でも「よくぞ聞いてくれました」といった感じで夫人は答えてくれた。

 以降、ご夫婦でご来店のほとんどが、同じような効果を求めているだろう様子が窺えて。加えて、単身ご来店の男性がやたら真剣な顔つきで買っていったので、これもおそらくは……。


「確かに元の世界にも、ストレスが原因で不能な男性っていたわ」


 裏効果、精神的ストレス軽減(微)が大活躍。しかも回復速度UP(微)も付いているから、普段以上に頑張れます?


「その発想はなかった……」


 え、これ大丈夫? いかがわしい薬を販売している店として、告発されない?

 媚薬じゃないからセーフだよね? 結果的に男性が夜元気になっているだけだから。


「オーナー、補充用の初級HP回復ポーション+1を持ってきました」

「あっ、ロシェス」


 ロシェスの声掛けで我に返った私は、彼をバッと振り返った。

 店でのオーナー呼びも大分慣れてきた模様。ロシェスがカシャンと、ポーションが入った木箱をカウンターの上に置く。


「その、想定以上に売れてしまって。ロシェスに頼んだ数じゃ足りなそうなの……」


 先日からの申し訳なさ続きで、つい言葉尻が小さくなってしまう。

 そんな私の返事を受けて、ロシェスが棚の方へ目を遣る。それから彼は少し考える素振りを見せた後、私に目を戻した。


「商業ギルド用に作ったものから、幾つか店に回しましょう」

「うーん、でもそれだとかなり納期が遅れない? 出来上がり次第とは言われているけど」

「ええ。なので、納品を三回に分けてはどうかと」

「三百だから、百を三回か」

「百なら、店の分を補充しつつ一週間で作れると思います。商業ギルドにしても、三百注文してはいても一度に使うということはないでしょう。その数で足りないというのなら、職場環境を改善する方が先です」


 それはごもっとも。


「じゃあ、その提案の手紙を出しておくね」

「よろしくお願いします。では、追加で持ってきます」


 言って、ロシェスが工房へと引き返す。

 その背中を見て私は、思わず「あっ」と木箱の中のポーションを見下ろした。

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