変わり者と特別な人

 私も散々変わり者だと言われてきたが、今度のご主人様はそれの上を行く変わり者ではないかと思う。

 契約を結び店から出された私は、新たなご主人様――ナツハ様の最初の一声からして度肝を抜かされた。


『ロシェスさん』


 生まれて此の方、「ロシェスさん」と呼ばれたことなどない。だから一瞬理解が遅れ、応答が遅れた。

 そのくせ私は混乱のあまり、慣れないので呼び捨てて欲しいと意見までしてしまった。さらには「では、そうしますね」と返した彼女に、丁寧な口調も慣れないとまた余計なことを口にしてしまった。

 だというのに、ナツハ様はそれに対し気にさわった素振りも見せず「そう? わかった」と返してきた。まるで私が彼女の知人か友人でもあるかのように、気安い感じで。

 そして今もまた、私はナツハ様に困惑させられていた。

 店を出て最初に連れて行かれたのは、一番近い宿だった。そこで一時間以上ゆっくり入浴するよう指示された。

 そのこと自体は驚くようなことではなかった。過去にも何度かあったから。

 高級奴隷に掛けられた秘密保持魔法は、前の主人に関する記憶が無くなる。それは間違いではない。けれどそれは主人の人物像や会話内容、及び人間関係などが対象で、自分がどのような扱いを受けたのかまでは忘れない。

 男の主人は、私が本当は魔法が使えるのに隠していると疑い、離れや地下牢で拷問し絶命寸前まで追い込んだ。女の主人は、男として機能しないことが真実か確かめるために、大量の媚薬を私に投与した。その際に今日のように宿などに連れ込み、入浴――使用前の道具のように消毒させた。

 だからナツハ様も、これまでの女主人と同様、私を試すつもりなのかと思っていた。

 思っていたのだが――


「ロシェスのサイズを伝えて買ってきたから、この服で合うと思うんだけど」


 入浴を終えて部屋に戻っていた私にナツハ様が渡してきたのは、新しい服だった。事を終えた後で着ろという意味かと彼女を見れば、「あ、着替えるまで私は外に出てるね」と本当に部屋の外に出てしまった。

 頭が混乱したままにもひとまず指示通りに着替え、姿見の前に立つ。

 それを見て私は、さらに訳がわからなくなった。


「首元まで布地がある……」


 契約済みの奴隷は、鎖骨の中央に隷属の印が浮かび上がる。だから大抵の奴隷は、印が見える型の服を着せられている。

 通常の奴隷と高級奴隷の印は異なる。そのため、通常の奴隷を使役していることを隠したい者が首元まで隠れる服を着せることは稀にある。しかしそれはあくまで通常の奴隷に限った話。自分のような高級奴隷は財力を誇示するのに最適で、隠す主人などまず有り得ない。


「そもそもこれは奴隷が着るような服では……」


 肩からそでぐちに向けて、指を滑らせてみる。わずかな引っ掛かりもない、上等な布。

 くす用の各種器具を吊り下げるベルト付きローブで、故に新品であるのがわかる。あれは洗っても特有の薬の匂いが落ちないのだ。だから古着であれば、少なからず匂いがする。なのにこの服にはそれがない。

 真新しい肌着に、真新しい服。久しく履いていなかった靴も、やはり新しい。奴隷が着るような服ではないどころか、下手をすれば奴隷を買う側の人間にもこれ以下の服装の者がいそうだ。


「本当に、変わった人ですね」


 扉の向こうにいるだろう主の顔を思い浮かべれば、そんな感想が口をいて出る。

 と同時に、それに違和感を覚え首を傾げた。

 鏡の中の自分も首を傾げたのが目に入る。

 ――ああ、そうか。

 ナツハ様は「変わった人」ではない。鏡に映る私と同じなわけはない。


「ナツハ様は、特別な人なのですね」


 今度の感想はしっくりとくる。

 鏡の中の私もそうだと言うように、わずかに微笑んでいた。

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