◆桜の季節

 中学校への進学を間近に控えた3月頭の日曜日に、ボクは半年ぶりに前の学校での友達と出会った。


 「やぁ!」


 見覚えのない相手に明るく声をかけられて、一瞬戸惑ったけど、数秒後、それが旧知の人物だとわかった。


 「えっと……高崎たかさきさん、だよね?」

 「うん、もちろん!」


 久しぶりに見る高崎さんは、少し背が伸びたうえに、明るく自信にあふれていて、なんだかとてもカッコよく見えた。


 「そう? それを言うなら、花鶏あとりくんも、落ち着いてて大人っぽくて素敵だよ」


 お世辞かもしれないけど、ボクはそう言ってもらえてうれしかった。

 ──実は、中学生になったら、「可愛い」だけじゃなく知り合いの由紀さんみたく「綺麗」って言われるようになりたいって、思ってたから。


 「それにしても、どうしてこんな所に?」


 ちょうどそばにあった公園に入り、ふたり並んでブランコに腰かける。


 「うん、中学は、この近くの星河丘に通うつもりだから、今日はその下見」

 「えっ!? 高崎さんも星校、受かったんだ。実はボクもだったり……」


 思いがけない事実が判明して、ボクらはちょっと嬉しくなった。


 家の都合で転校してからの、前の小学校の様子を聞いたり、ボクの方の近況を話したりしてたら、アッと言う間に時間は流れていった。


 「うーん、ちょっと暗くなって来たな。名残り惜しいけど、そろそろ花鶏くんは帰ったほうがいいんじゃない?」

 「あ……ホントだ」


 お母さんには、できるだけ暗くなる前に帰るよう言われている──「女の子なんだから、気をつけなきゃダメよ!」って。


 「良かったら、送って行こうか?」


 高崎さんがそんなコトを言ってくれる。

 ちょっと恥ずかしいたけど、「男の人に家まで送ってもらう」ってシチュエーションは憧れるかも。ボクは、思い切ってお願いすることにした。

 ──と言っても、その公園から歩いて3分程の場所なんだけどね。


 家に帰ると、お母さんは、高崎さんの姿を見て、とても喜んだ。


 「まぁまぁ……もしかしてヨッちゃんの彼氏?」

 「違うよぉ! 前の学校のお友達」

 「初めまして。高崎と言います。花鶏さんには、以前大変お世話になっていました」


 キリッと引き締まった表情で礼儀正しく挨拶する高崎さんの様子は、とてもカッコ良くて、ボクは思わず見惚れてしまった。


 上がってお茶でもというお母さんの誘いを、高崎さんは「そろそろ遅いので」と断る。ちょっと残念だけど、しょうがないよね。


 「それじゃあ、4月になったら、また会おうね」

 「うん、楽しみにしてる」


 玄関の前で手を振って別れる。


 ボクは、高崎さんの背中が夕暮れの街に紛れて見えなくなるまで、見送っていた。


 「高崎くんて、とてもいい子ね」

 「うん」

 「もしかして……ヨッちゃん、気になってるでしょ?」

 「…………」


 ボクは頬が赤くなるのを感じて、なぜか否定の言葉が口に出せなかった。


 ──ボク、高崎さんを、好きなのかな……?


 そう考えただけで、なんだかすごく恥ずかしくて、ボクはパタパタと二階の自分の部屋に逃げ込んだ。


 「高崎、くん……」


 ベッドにうつぶせに寝転がって、そう呟いただけで胸の奥が熱くなる。


 「ボク──あたし、貴方を好きになっても、いいのかな?」


 * * * 


 引っ越す前の隣町にいたころ、僕──花鶏修司(あとり・しゅうじ)と、クラスメイトの高崎芳乃(たかさき・よしの)さんはとても不思議な経験をすることになった。


 誰にも言ったことがなかったけど、実は僕は小さい頃から本当は女の子になりたかったんだ。

 反対に、高崎さんは、できれば男の子として生まれたかったって思ってたみたい。

 ほんの些細なキッカケでお互いの望みを知った僕達は、他人に話せない秘密を有する共感から、急速に親しくなった。

 共働きで昼間は親のいない高崎さんの家で互いの服を交換したり、数回だけだけどその姿のまま外に出て、デートの真似ごとみたいなことをしたりもしていた。


 そんな中、僕の家の引っ越しが決まって、今の小学校から転校しないといけなくなった時は、本当に悲しかったんだ。たぶん、高崎さんも同じ気持ちだったと思う。


 だから、引っ越しの前々日の日曜日、最後の思い出に、僕と高崎さんはふたりで遊園地に出かけたんだ。

 デートごっこじゃなく、初めての本物のデート。


 遊園地に行く前に高崎さんの家に寄って、僕は高崎さんに貸してもらった水色のエプロンドレスに着替え、高崎さんは僕が着て来たちょっと余所行きのブレザー&スラックスを着る。


 そのまま、電車でふた駅離れた場所にある遊園地で、僕と高崎さんは半日楽しい時を過ごしたんだけど……。

 アトラクションのひとつ、「トランスダンジョン」と名付けられた迷路に入った時、ソレが起こったんだ。


 そのアトラクションは、男女ペアで挑戦するもので、男と女で違う入口から入り、途中のチェックポイントでスタンプを押しながら迷路を回り、最後の出口合流する仕組みになっていた。


 僕はその時女の子の、高崎さんは男の子の格好をしていたから、入口は当然それに従うことになる。入る時にネームプレートに名前を書くんだけど、僕らは相談の結果、僕が「花鶏芳乃」、高崎さんは「高崎修司」と記入して、胸にネームプレートをとめた。


 運が良かったのか、それとも何かの意思が働いたのか、僕らは揃って新記録でトランスダンジョンを突破することができた。遊園地側からは賞品としてふたりの名前がネームプレートに彫られたミニトロフィーをもらうことになったんだ。


 ところが、トランスダンジョンの建物パビリオンを出た時、僕は自分の身体に微妙な違和感を感じた。具体的に言うと、胸と股間の感覚がヘンだった。隣りを見ると、高崎さんも妙にモジモジしている。

 そして、トイレ(身障者向けの男女兼用で大きい個室)に、一緒に入って確認したところ、なぜか僕の身体が女の子に、高崎さんが男の子に変わってたんだ

よ!


 さすがにふたりとも驚いて茫然とした。

 その時は原因不明だと思ってたけど……やっぱり、あのアトラクションのせいなのかな?

 でも、その時は、そんなコトすら思いつかず、ひたすらパニックになって、とりあえずお互い自分の家に帰ることになったんだ。


 ところが……。

 家に帰って、おそるおそる僕の身体のことをお母さんやお父さんに打ち明けたんだけど、なんだか様子がヘンなんだ。

 僕が何を言ってるのかわからない、って感じ。


 それに、僕の部屋に入ると、部屋の中の様子は朝までとはガラリと変わっていたんだ。

 もともと、そんなに男の子っぽい雰囲気じゃなかったけど、カーテンやベッドカバーがピンクのフリル付きのものになって、タンスも白いお洒落なものになっていた。さらに、学習机の隣りにはタンスとお揃いの化粧台が置かれてたんだ。


 それは、紛れもなく高崎さんの部屋で見たのと同じ物。「私はそんなのいらないって言ったのに、父さんが勝手に買ってきたんだ」と不満そうに言ってたのを覚えている。

 念のためにタンスの中を確認してみたんだけど……中味はすべて女物、しかも高崎さんの部屋で何度か着せてもらった覚えがあるものもいくつか混じっている。


 ──いったい、どういうことなんだろう?


 混乱しながら机の周囲を調べた僕は、教科書やノートの裏の名前が、すべて「花鶏芳乃」になっていることに気が付いた。


 (そう言えば、さっきお母さんが僕のこと、「よっちゃん」って呼んでた気がする……)


 ワケがわからないままに、何とか事態を整理すると、どうやら僕は、名実ともに「花鶏芳乃」という名前の女の子になっているみたいだ。


 (正確には、「最初からそうだった」ように世界が書き変わっちゃったのかも)


 「タイムマシンで過去を変える」という話のマンガを読んだ時も、たしかそんな感じの結末になっていた記憶がある。


 おおよその事態を把握したところで、僕の中にじわじわと喜びの感情が湧いて来た。

 だって、これからは誰に遠慮することもなく、女の子として暮らしていけるんだもん。


 本当はこの喜びを高崎さんと分かち合いたかったんだけど、運が悪いことに翌日は引っ越しの準備で僕は学校を休まないといけなかった。

 クラスのみんなへの挨拶は、先週の土曜日に済ませている。

 結局、僕は高崎さんと再び顔を合わすことなく、隣町に引っ越すことになった。


 引っ越し後、一度だけ手紙を出して、その返事ももらったんだけど、新しい学校や新しい(女の子としての)暮らしに慣れるのに必死で、高崎さんとの連絡はそれっきりになっていたんだ。


 (でも、また、会えた……)


 そして、春からは、「高崎くん」と同じ学校に通えるんだ。

 は、中学に通うのがとても待ち遠しい気分になっていた。


 * * * 


 そして、迎えた入学式の日。

 待ち切れずに早めに家を出たあたしは、案の定、入学式開始の30分以上前に、星河丘学園中等部の校門に着いてしまった。

 まだクラス分けの紙も貼られていないから、先に教室に行ってることもできない。

 仕方なく、あたしは中庭の桜の木の下で、満開になった花を眺めていたんだけど……。


 「おはよう、「花鶏さん」。随分早いんだね」

 「あ……」


 聞き覚えのある声に振り向けば、そこには星河丘中等部の男子制服である紺色の学ランを着た「彼」が立っていた。


 「おはよう、高崎くん」


 満面の笑みを浮かべながら挨拶すると、なぜか「彼」はちょっと頬赤らめる。


 「? どうかしたの?」

 「い、いや、何でもないよ(クッ……その笑顔は反則だ~)。


 そ、それより、そろそろ体育館に入れるみたいだから、一緒に行かない?」

 高崎くんが差し出す右手に、あたしは自らの掌を預けた。


 「「あ……」」


 (高崎くんの手、大きくてがっしりしてる……)

 (花鶏さんの手、ほっそりして柔らかい……)


 一瞬互いの目を見つめあい、あたし達は真っ赤になった。


 「い、行こうか」

 「う、うん」


 それでも、手をつないだまま、あたし達は入学式へ……そしてこれから始まる新たな日々へと歩き出したのだった。

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