第三話

暫くすると、水が流れる音と共に彼女が戻ってくる。

額に汗が浮かんでおり、ジャージを片手にかけ、肌着姿になっているのを見ると、トイレ掃除をしたということがうかがえる。

ジャージをソファに投げ、彼女はまたこちら側に迫る。

そしてまた傍を通り過ぎ、ゴム手袋をはめ、手首に輪ゴムを巻き付け、シンクの前に立った。

炭酸ソーダを水に混ぜたものを霧吹きで二、三度吹きかけ、スポンジで擦ってシンクの汚れを落としていく。

見えないところに汚れがあったのだろうか、力強く一部分をごしごしと擦っている姿が映る。

それでも落ちないのだろうか、やれやれと言わんばかりの溜息をついて近くにかかっていたブラシを取り出し、ジャシジャシと擦っていく。

十五分ほどでシンクは金属光沢を取り戻し、彼女の顔をぼやけながらもそのままの姿で映し出す。

その炭酸ソーダの付いたスポンジのまま、吐水口を掴むように掃除していく。

そして綺麗になると、吐水口は彼女を鮮明に、歪ませて映し出した。

金属光沢を取り戻したシンクを見ながら、また、彼女は一つため息を零し、そこから溢れる様に口から言葉を発する。

「私、こんなに醜いのによくここまで美しくあろうとしてるよね。」

「あーあ、なんでこの世って美しく生きなきゃいけないんだろ。」

「さっきまでこうやって部屋を綺麗にしてたけどさ、部屋を綺麗にしても私は綺麗にならないんだよ。」

「綺麗って言うのは生まれつきの容姿、性格、環境が美しくないとなれないものなんだよ。」

「所詮私は捨てられた。もうみんな私なんていらない。みんな私を捨てたんだよ。」

「嫌い、大嫌い。」

彼女を映すシンクは、その姿を全く変えずに吐き捨てられた声を受け止める。

ただそれだけ。

それだけだ。

彼女は涙と唾を落とさなかった。

着ていた服に染み込ませ、抱え込んだ。

いつも彼女はそうだった。自分が世界一醜い存在であると言わんばかりに、自分の体液が何かに付くことを嫌った。

とにかく彼女は彼女自身が嫌いで仕方なかった。

しかし彼女は求められた。

それに応えて、いつも自分を偽って。自己嫌悪は加速するだけだった。


徐に彼女は充電ドックに刺してある掃除機を手に取り、部屋の掃除を始めた。

グーーンと轟音を響かせながら、塵や埃を吸い取っていく。

途中何度かカーペットに引っ掛かりながらも、部屋全体を掃除し終わる。

また充電ドッグに掃除機は戻る。それと同じように、彼女もソファに戻り、スマホを触り始める。

異様に画面に顔を近づけており、液晶の光が彼女の顔に当たり白く光る。

何を見ているかはここから見えない。というか、彼女のスマホを一度も見たことがない。

知っているのは、彼女が部屋から出てきて一喜一憂する姿だけだ。

「はぁ。」

溜息をつき、スマホを顔から離し大の字になる。

スマホはその衝撃で手から滑り落ち、バタンという音と共に床に落ちる。

傷はつかなかった。

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