第十六話:親玉、出現

 俺たちは現状、この【異界ダンジョン】に生息する【魔物】には統率者、つまりは親玉がいると仮定して動いている。

 とはいえどもソイツがどこにいるかなんて、ソレらしい裏付けも証拠もないので推測すらマトモに出来ない現状ではある。

 なので、いっちょ引き寄せ体質を囮にして誘い出してやろうぜ、という話になったのだが、そこで不意に青髪の女が声を上げた。


「あたしたちって、開拓者組合ギルド総督マスターの執務室にお邪魔したりすることなんて基本ないわよね」


 いきなり何を言っているんだろう、コイツは。

 パンッと大きく柏手を打ってあたかも、閃いた! みたいな雰囲気を出しているが、俺を含めたこの場の全員がこの女の言いたいことを全く理解できていない。


「だから、統率者の場所よ! 私たちが自分たちのリーダーとあまり関わりがないように、【魔物】もまた自分たちを統率している存在との直接的なかかわりが薄いんじゃないかしら」


 そこまで言われて、青髪の女の言いたいことは何となく理解できたのだが、俺としてはいまいちピンとこない話ではある。

 他の者も同様の考えであるらしく、自信ありげは青髪の女の表情に対し、俺たちの反応は極めて薄い。


「じゃ、じゃあこれはどうかしら。開拓者組合ギルド総督マスターが一人で優雅に食事をしている食卓テーブルに許可なく勝手に座れる?」

「なんでさっきから開拓者組合ギルド総督マスターで例えるんだよ。例えるヤツの凄さがいまいちピンとこねぇっての」


 こちとら、開拓者となってまだ日が浅いんだっての。

 その開拓者組合ギルド総督マスターとかいうヤツが開拓者組合ギルドでどういった役割を担っていて、日頃どこで何をしているのかなんて全く知らないし、想像すらつかないんだ。

 ただ薄らぼんやりとエラいヤツなんだろうなぁ、としか思えないような存在を例に用いられても、これっぽっちも納得できない。

 妙な例えを使わずに、素直に思いついたことを話してくれればそれでいいんだよ。


「【魔物】たちの統率者は、この【異界ダンジョン】内で最もエサが豊富な場所に潜伏しているんじゃないかしら。そして、統率者の逆鱗に触れることを恐れる【魔物】は、その場所には近づこうとしないと思うのよ」


 ああ、なるほど。ようやくこの女の言いたいことに合点がいった。

 【魔物】という埒外の存在は、明確な知性や理性でもって行動することはない。

 動物なんかよりよっぽど弱肉強食を地で行くヤツらの行動理念は、本能のみだ。

 本能に従い、感情の赴くまま自身の悦楽を満たすだけに、ヤツらは行動している。

 そしてヤツらは、怨嗟の念で人や世界に牙をむき、怨敵を滅し害するコトにこの上ない快楽を見出す存在である。

 そんな生物が、人のように財や知識などといった利害関係で他者を従えるなんて出来るはずもなく、統率者とはすなわち、この【異界ダンジョン】内で最も強力な個体であるということに他ならない。

 力で頂点に立つ者の食卓から獲物を奪おうなんてもっての外、そもそもとして近づくことすら恐れ多いだろう。

 であればその『食卓』とやらは一体どこなのか。


「そう――この村ココよ」



○ ● ○




 【魔物】は本来であれば、食事を必要としないらしい。

 さらに言えば、睡眠も生殖もヤツらにとっては意味のない行為なのだ。

 では何故、ゴブリンのように他種の生物を苗床にして繁殖するような個体がいるのか。

 何故、家畜を襲い、人を食らうような個体がいるのか。

 答えは単純明快、怨敵が嫌がるからである。

 極端な話が、【魔物】の行動はすべて世界への復讐と人への嫌がらせでしかないのだという。

 しかし、いかに世界の理から外れたような存在であれど、生物という枠組みに収まっている以上、命を繋ぐうえではが必要不可欠だ。

 人や動物であれば栄養にあたる、【魔物】にとっての糧とはつまるところ、【魔力】だ。

 空気中の【魔力】が集まって【魔物】が産まれ、産まれた【魔物】は【魔力】を栄養として成長していく。

 元来、世界中の空気には尽きることのない【魔力】が満ち満ちているため、普通なら何もしなくとも栄養は十分に得られるのだが、【魔物】のほとんどは人が体内に持つ【魔力】を積極的に欲する。

 食事を必要とせず、何もしなくとも栄養を自動的に摂取できる【魔物】にとって、エサというのは要するに人だ。

 人の集まる場所こそが、【魔物】の食卓に他ならない。


「カナの言っていた【魔力オド】失調の症状は、【魔物】に【魔力オド】をからというワケ」


 吸い尽くす……? そう言えば最近、何処かで聞いた気がするな。

 人は大気中の【魔力】を体内で自身の【魔力】へと変換し、さらにその変換した【魔力】を生命力に変換して全身へと送っているそうだ。

 変換されたその生命力というのは、体内のあらゆる器官を動かす動力源として消費されるとのことで、端的にいってしまえば、目には見えない第二の血液のようなモノだ。

 そのため、人は【魔力】なしでは生きることが出来ず、【魔力】の消費量が変換量を上回ってしまえばやがては死に至る。

 ちなみに、俺のように体内に【魔力】を宿していない者でも、生きるのに必要な最低限の生命力の変換は行われているらしく、言ってしまえば体内で行われている【魔力】と生命力二つの変換を、全くの同時に全く同じ量で行っている状態らしい。

 まぁ、俺の場合は十を生成したら九を異能に徴収されて、一が生命力に変換されている、という感じなのだが。


「ここら辺っすかねぇ」


 なにかしらの心当たりがあるらしい金髪の男と青髪の女の二人に連れられて俺たちが訪れたのは、村の中心に位置する地点。

 ちなみに商人は臨時拠点に置いてきた。

 一見するとそこは、大きく立派な井戸がある円状の広場であった。

 これといっておかしなモノはないように見えるが、この場所に【魔物】の親玉に関する情報があるのだろうか。


「あたしたちが【魔物】に襲われたのは山の麓――つまりは、村の端っこというワケ。その近辺であれば【魔物】がうろついているようだから、統率者は村の中心にいるんじゃないかと思ってね」

「更に言うなら、【魔力オド】失調症の傾向がみられた死体は、どれもこの近辺の家にあったんすよ。なんで、マリの考えは的を射てるかと」


 おぉ、頼もしいなコイツら。

 やはり、魔に関する知識は魔を扱う専門家に任せて正解だった。

 若干一名がまったくもって役に立っていないが、コイツに関しては知性ある行動を求める方が間違っている気がするのであまり気にしないでおく。

 とはいっても、やはり周囲は何の変哲もない広場であり、俺たち以外の生物の気配は全く感じられない。

 【魔物】にとっての悪臭である俺が訪れても特にこれといって変化は見られず、俺たちは揃ってどうしたものかと首を捻った。


「とりあえず、この場で【権能】を乱発してみてはどうでしょうか。使えば使うだけ臭くなる様ですし」

「臭いいうな、ぶん殴るぞ」


 まあ確かに、現状でできることといえばそれぐらいだろう。

 ……いや、その前に一つだけすべきことがあった。

 頭に拳骨を落とされて無言で蹲る【魔人】には構わず、俺は青髪の女たちに視線を向ける。

 これからの戦闘において、コイツらを安全地帯――なんてモノはこの【異界ダンジョン】内には存在しないのだろうが、とにかく戦闘の余波が届かないような場所へ避難させておきたい。

 理由は至極単純。商人は論外として、魔法師である青髪の女もまた【魔法】を使用できないこの【異界ダンジョン】内では戦力外であり、付け加えるなら今の時点で既に誰の目から見ても満身創痍である。

 その二人の護衛として、戦える者――つまりは金髪の男を傍につけておきたい。

 しかし、金髪の男は問題ないとしても、青髪の女が素直に納得してこの場からは離れるとは到底考えられない、と思っていたのだが。

 視線だけで俺がこれから言おうとしていたことを即座に理解したのか、俺が口を開くよりも先に青髪の女は声を発した。


「わざわざ言わなくていいわよ。あたしだって流石に、こんな状態でワガママを言うほど空気が読めないワケじゃない。習得している【魔法】の使用できないってことを抜きにしても、この身体じゃ満足に動けないもの。あたしたちは村の門付近の建物で隠れてるわ、それでいいでしょう?」

「あぁ」


 早口で紡がれるその言葉は微かに震えており、強く握りしめられた拳からもこの女が抱いている感情がヒシヒシと伝わってくる。

 真っ当な人であれば、この状態の相手にかけるべき言葉の一つや二つぐらいスッと出てくるのだろうが、適切な言葉が分からない俺と【魔人】は何もしないことを選んだ。


「オマエの弓はどれぐらいまで飛ばせる?」

「そうっすね……少なくとも、村の入り口からここまでなら余裕で。むしろ、矢に威力が最もノる一番得意な距離っすよ」

「分かった。じゃあ、コイツらの護衛を最優先に、余裕があったら援護をしてくれ」


 バチリと左手の中で光が連続して弾け、ソコが三角の形をしている試験管が四つ姿を現す。


「「あっ!」」

「あー」


 それぞれ、麻痺毒と血液毒、それから誤って触れてしまった際の解毒薬だ。

 俺の得意分野は鍛冶であって、薬品生成はあくまでも趣味の域を出ない程度のモノだが、それでも〈青銅アエス〉の開拓者が買える程度の粗悪品に比べれば大分マシではあるだろう。

 塗布用ではないために遠距離では使用できないだろうが、矢を浸ければ簡易的な毒矢としても使えるし、【魔物】に直接かけるだけでもそれなりに効果はある。

 慣れない武器を貸し与えるよりは、薬品の方がまだ扱いやすいはずだ。


「あの、カイルさん」

「なんだよ」


 それらの瓶を青髪の女に手渡そうとすると、珍しく焦った様子の【魔人】が声をかけてきた。

 目の前の二人も、何故か同様の様子である。


「私は今すぐ始めても一向に構わないのですが、今の話の流れでそれは流石に」

「なんの――――」


 【魔人】が何を言いたいのは分からないものの、それでも、何となく俺がなにか悪いことをしたかのような物言いなのは理解できたため、眉根を寄せて聞き返そうとしたその直後。

 大地が轟音と共に激しく揺れ始めた。


「うぉ、なんだ!?」

「アンタ、バカァ!? 折角あたしが大人しく下がろうとしてたのに、いくらなんでもこの場面でソレはドアホじゃない!!? この間抜けっ!」

「オマエまで! だから俺が何したってんだよ!!」


 立つことすらやっとの揺れの中で、青髪の女が出会った当初かそれ以上の口調で罵倒してくる。

 揺れが怪我に響くのか表情は苦悶で満ちているというのに、心当たりのない怒声はこれでもかというほどに感情が込められていた。


「【異能】っすよ! なんで発動したんすか!!」

「あっ」


 金髪の男が吠える。

 指摘されてようやく気付いた。

 この【権能】を継承されて十五年余り、今では息をするように行使することが当たり前になっていたため、つい意識せずに使ってしまった。

 ……ソレも連続して、四回も。


「あぁぁぁああああーーーーっ!」

「おっそいわよ、バカ! どうすんのコレ、明らかに親玉が来てるってことじゃないの!?」

「この規模の地震はいくらなんでも想定外っすよ!? 移動もままならないし、これじゃあどうし――いったぁ、舌噛んだしははんは!」


 どこかで建物の崩れる音がした。

 この揺れは【異界ダンジョン】内全体で発生してるようで、山の中からも【魔物】の悲鳴と思しき声も聞こえてくる。

 当部隊パーティは想定していない形での最終決戦の予感に慌てふためいており、【魔人】を除く俺たち三人はやいのやいのと口々に騒いでいる。

 俺だって、せいぜいが〈白銀アルム〉程度の【魔物】だろうと勝手に思い込んでたんだ。

 金髪の男と同じ言葉になるが、流石にこの規模は予想の範疇を超えていた。

 その間にも揺れはどんどんと大きくなっていき、何かが近づいてくるような気配を確かに感じられる。


「と、とりあえず出てきた【魔物】はまじ――ソイツと俺が対処する! オマエらは隙を見て下がれそうなら即座に下がれ!」

「そんな適当な――」


 本来であれば同じ非戦闘員であるはずの【魔人】を、この場に残す理由までを丁寧に話している余裕は流石にない。

 やれ【異能】持ちだのなんだのと適当な言い訳は一応考えていたのだが、全部無駄になってしまった。


「気配は――真下、【魔物】出現します。皆さんは注意を」


 一人だけ冷静な【魔人】が声を張り上げる。

 直後、周囲で突如として地面が盛大に爆ぜたかと思うと、地中から大量の水が勢いよくあふれ出し始め、噴水のようにあちこちでいくつもの水柱が出現した。

 それらは生き物のようにうねり、宙を泳ぐようにして伸び進み、一か所へと集まっていく。


「おいおいおい、これってホントに【魔物】かよ…………!?」


 手のひらサイズの小人のようなモノから、動物型、植物型と様々な形状の【魔物】をこれまでの人生で見てきたが、さしもの俺も非生物の姿をした【魔物】は初めて見る。

 ――――絶え間なく流動する透明な水を身体として、巨大な四足歩行の獣を形どったソレは、眼球などないはずの頭部をこちらへと向けていた。

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