第二話:最悪の顔合わせ

 カイル・グラウスという男は、人付き合いが致命的に下手である。

 それは、まだ七歳の頃からつい先日までの約十六年もの間、他人との交流などまともにない一人旅を続けていたからであった。

 誰かを頼ることもなければ、誰かに頼られることもなかったその十六年間は、カイルを立派な対人下手コミュ症へと育て上げていた。

 意思疎通コミュニケーションが苦手なわけでも、なにかしらの劣等感コンプレックスを抱いているわけでもなく、ただただ経験不足と他者への無関心さが招いた結果であり、当人もそれは自覚している。

 自覚したうえで、これまで問題なかったのだから今後も問題ないだろうと放置していたのだ。

 その結果――――。


 赤毛の重装士――アルフレッドに案内されて到着したのは、他の部隊の仲間パーティメンバーと思われる三人の男女がすでに座っていた六人掛けのテーブル席だった。

 青髪を後ろに束ねて黒を基調にした装備の少女、毛先を軽くうねらせて耳飾りピアスをジャラジャラと揺らす軽薄そうな男子、切れ長の目に反して物静かな印象を漂わせている桃色の髪の女性。

 三者三様の雰囲気を持つ三人ではあったが、いずれもアルフレッド同様の見た目の若さであり、彼らは和気藹々と談笑しながら揚げ芋ポテトフライを摘まんでいた。

 アルフレッドに促されるままにカイルは腰を下ろしながら、ついでにとたまたま通りかかった給仕ウェイターらしき開拓者組合ギルドの職員に酒の注文をする。

 しばらくして全員の手元に飲み物といくつかのつまみが揃ったところで、一人ずつ自己紹介をしていくこととなった。

 若干二名ほどが苦言を呈していたものの、初対面の人物もいるということで、この場における隊長リーダーのような立ち位置となっているアルフレッドが押し切ったのだ。


「言い出したのは僕だし、最初は僕から行くよ。時計回りの順番でいいかな」

「げ、俺が最後かよ」


 アルフレッドが立ち上がると同時に思わず漏れ出てしまった言葉は、その他の賛成の声によって掻き消される。


「僕の名前はアルフレッド・ウィルーベル。よければアルと呼んでほしい。役職は重装士だけど、動きとしては前衛士との兼任っていう雰囲気が強いかな。扱える【魔法】は、日常的に使う初級のものがいくつかと身体強化ぐらいだけど、前衛職としての本分を果たす分には問題ないはずだ」


 防御力が肝となる重装士にも関わらず軽装備なのは、火力不足による疑似的な役職の兼任が主な原因のようだ。

 勿論、下級である以上は金銭的な理由も十分にあるのだろうが、金属の材質や盾の大きさからみてもそれは間違いないだろう。

 机の上に提示された開拓者認定証ギルドカードを見たところ、能力値は『標準』の文字が多くみられる、良くも悪くも極めて平均的なものであった。

 開拓者組合ギルドの加入試験では、実技試験と筆記試験に加えて、能力測定というモノが行われる。

 身体能力や戦闘技術などの計十五種の項目が五段階で評価され、標準は文字通りの評価であると同時に開拓者の基本水準とされている。

 標準より下の判定であれば開拓者としては落第といえる能力値であり、上の判定であれば誇るべき優秀さとして扱われるだろう。


「次は俺っすね。狙撃手のカナリア・イエラルムです。趣味は体を鍛えること筋トレで、力には結構自信があるっす。お前は殴ったほうが早いってよく言われるんすけど、俺的には弓の方が得意かな」


 アルフレッドが話し終えて席に着くと、沢山の耳飾りピアスを着けた男が、アルフレッドに続いて自己紹介を始めた。

 本人の言う通り、筋肉質な上半身は遠距離の得物を握るよりも近接戦が得意そうな印象を与えるが、それは傍らに置かれていた小柄な女性約150cmほどある大きな鉄弓を引くためのものであることは想像に難くない。

 他の装備と比べて年期の入っているところを見るに、誰かしらから譲り受けたものなのだろう。

 能力値の【魔法】に関連する項目は軒並みが『劣等』となっているようだが、それ以外では所々に『優秀』の文字も見られるため、 調子ノリの軽そうな風貌とは打って変わって、開拓者としての実力は申し分ないのだろう。

 カナリアの自己紹介も終わり、カイルを除いたその場の人物の視線は青髪の少女へと向けられる。

 対して少女は、ムスッとした表情のまま口を開く様子はなく、ただただカイルの方を睨んでいた。


「んだよ」

「アンタ、何様なの」


 チビチビと酒を飲んでいた手を止め、カイルは面倒くさそうな目で少女を見る。

 勿論、これまでの二人の自己紹介は適当に聞き流していて、まともに記憶していない。

 カイルにとって個人の名前や性質はどうでもよく、それが装備に対して関心を向けない素人の開拓者であれば尚のことであった。

 どんな得物を扱い、どんな装備を身にまとっているのかが分かればそれで十分であり、それらの情報は観察するだけで手に入るため、カイルとしては彼らの話を聞いておく必要性を全く感じられなかったのだ。

 どうやらこの少女は、カイルのその態度が気に障ったらしい。

 あからさまに敵意をむき出しにする少女であったが、カイルは素知らぬ顔でもって受け流している。

 今でこそ平然としているが、その実、自覚しているほどにカイルは短気である。

 些細なことで煽りと判断し、相手の年齢性別など関係なしにいとも容易く喧嘩を売り買いする。

 先述の要素とこの要素を合わせると、人を苛立たせてその態度に自分も苛立つといった、究極的な自業自得マッチポンプをカイルは無意識的に行うのだ。

 その結果。


「そもそもとしてホントにこのヒト、戦えるワケ?」

「あん? なんだテメェ」


 成人したばかりの十六歳の少女を相手に、二十三歳のいい大人はマジギレするのであった。

 興味がないからこそ老若男女を問わず平等に扱うカイルは、誰が相手であろうとも売られた喧嘩は全力で買う。

 自尊心プライドが高く短気な性分の者が我慢や無視などを出来るはずもなく、今にも胸ぐらを掴みかかりそうな勢いでもって自分よりも一回り以上小さな異性に詰め寄らんとするその姿は、傍目から見れば極めて危険な状態となっていた。


「マリ! なんてことを言うんだ」

「だってコイツ、アルとカナの話を全く聞いてないじゃん!!」

「オイオイ、理由を後付けすんなよ。俺がココに来た時からあからさまに不機嫌だったじゃねぇか」

「そりゃそうでしょ! 目が使開拓者なんてどう考えてもヤバいでしょ」


 大きな傷が入ったカイルの顔面を指さし、マリと呼ばれた少女は鼻で笑う。

 顔の左側を覆うその大きな傷は地肌がむき出しとなってその表面が凸凹としており、左目は白く濁っていることから完全に失明してしまっていることが傍目から見ても容易く理解できることだろう。


「別に、片目が見えない開拓者なんて、別に珍しくないっしょ。上級ではそういう人は沢山いるらしいし」

「上級の開拓者なら、ね」


 上級の開拓者たちは、数々の修羅場を潜り抜けた猛者である。

 練習すればだれもが治癒の【魔法】を行使できる今の時代においても、完治できないほどの数多の傷を負いながらも死地から生還している、いわば歩く伝説たちだ。

 そんな上級の開拓者ならともかくとして、真面な戦闘経験なんてないはずの下級開拓者が大きな傷をこさえていることに、マリという少女はいたく不満を抱えているらしい。

 この王都のような大きな街付近は衛兵や開拓者によって安全が保障されており、そこに住まう人々が治癒の【魔法】ですら完治できないような傷を負うことはまずないため、それらの住民の意識からは外れがちだが、元来、治癒系統の【魔法】は万能ではない。

 欠損部位を修復することはできないし、自然治癒した後の傷跡は治療すらできない。

 【魔物】の中には、治癒の【魔法】を無効化させるような傷を負わせるものも多く存在する。

 人々がその様な傷を負ってしまうのは、国内全体で見ればさして珍しい話でもなく、カイルもそのうちの一人なのであった。


「平和ボケした温室育ちはみんなこうなのかよ?」


 自分が恵まれた待遇で育っていることを自覚せず、他の人々が自分と同じ環境であることを前提を当然だと思い込んでいるその様子に、カイルはより一層苛立ちを覚える。

 別段、自分が不幸な立場にあると思っているわけではない。

 むしろ、今現在まで生き延びて、今日もこうして酒を飲めているのは非常に幸運なことだと感じている。

 それでも、眼前の少女のその思考が、カイルの神経を否が応でも逆立てるのだ。


「いい加減にするんだ、マリ。今回こそは何も言わないって約束したじゃないか」

「それに、人の過去をバカにするのは流石にダメだろ」


 しかし、仲間二人の制止をもってしても、少女の行動は止まらない。


「まぁ、使左目は百歩譲っていいとしても、この『視覚』の評価が『致命』なのは前衛としてどうなの?」


 最低評価を示すその文字の通り、片目を失明していることを抜きにしても、カイルの視力は極めて悪い。

 それは日頃の生活習慣スタイルが原因であり、先程までの産まれた環境などは一切関係ないため、これに関してはカイルは何も反論できないでいた。

 しかし、それを補って余りあるほどの非常に優れた嗅覚と聴覚を持っており、余程の足場の悪さでもない限りは常人以上の空間把握能力と索敵能力を有しているのだった。


「そこまでだ。こうして開拓者としてここにいる以上、彼は、開拓者組合ギルドが設けたあの試験を受けて合格したということ。一介の開拓者でしかない僕たちが、それに対して異を唱えるのは間違っていると思うんだ」

「それによぉ、マリの要望を全部叶えようと思ったら、それこそ上級の人らを呼ばないとだぜ」

「でも、このヒトばっかりはダメだってあたし、言ったじゃない!」

「最終的には同意してくれたじゃないか!」

「気が変わったの! ヒトの話も聞かないでずっと酒ばっか飲んでる人に、命を預けられるワケないでしょう!?」

「マリシアン、オマエいい加減にしろよ! そうやってずっと文句ばっかいってさ――」


 そこまで聞いて、カイルはようやく理解した。

 この青髪の少女はカイルが気に入らないのではなく、今の環境に新しい人が加わることそのものに不満を抱いているのだと。

 だからこそ、追い出せるのなら理由は何でも良く、揚げ足を取るように次から次へと適当な理由付けを行うのだ。


「なによりも!それ以上にいっちばんダメなのは、この『欠如』ってヤツ。明らかにヤバいでしょ!」


 五段階評価は通常、『致命』、『劣等』、『標準』、『優秀』、『卓越』の五段階であり、本来であれば『欠如』といった評価は存在しない。

 それは読んで字のごとく、致命のさらに下、完全に欠如しているという意味であり、一つでも存在すれば開拓者にはなることができないからであった。

 その評価を下されているのが、【魔力オド】と『【魔力オド】操作』の項目。

 そう、人であれば誰しもが持って然るべきの【魔力オド】を、カイル・グラウスという者は持ち合わせていないのだ。


「世の中には先天的な病気で【魔力オド】の生成が出来ないヒトがいるってのは知ってるけど、でもそんなヒトを開拓者として採用するなんて、開拓者組合ギルドはナニ考えてるワケ?」

「それは……」

「コレって【魔法】が使えないってコトでしょ? 自前で身体強化すら出来ないなんて、欠陥もイイトコじゃない」


 マリシアンのその言葉に、二人は思わず制止の手が止まる。

 二人も彼女同様の感想を抱いていたのだ。


 ――――【魔法】とは、体内に【魔力】オドを宿す生物が行使する埒外の現象、およびそれを引き起こす手段を指す。

 世界の法則を自身の【魔力オド】でもって一時的に塗り替える、【天地創造の五柱の神】が世界に遺した奇跡の一つとされており、【魔法】を行使することができるのは、【天地創造の五柱の神】によって産み落とされたとされる【新生民ノヴァ】と【魔物】のみである。


「何度も受けてやっとの思いであたし達は合格できたっていうのに、まさかこんなのが開拓者になれるなんて!」


 開拓者であれば、魔法師でなくとも使えて当然――むしろ、前衛職であれば使えない方が問題とまでされている、基礎的な【魔法】であるところの身体強化。

 マリシアンの言う通り、人の素の身体能力だけではどうあっても限界がある以上、【魔法】による身体能力の増幅ブーストは【魔物】との戦闘において必須級のものなのである。

 事実、カイルも過去の戦闘経験からそれは身をもって実感しており、自分も【魔法】を扱えたらと思ったことは一度や二度ではない。

 マリシアンによって指摘された欠陥の数々は自身でも十二分なほどに自覚しており、それらを補う方法も自前できちんと用意している。

 自惚れではなく、〈白銀アルム〉とは言わずとも〈黒鉄アフェル〉相当の開拓者が相手であれば、余裕をもって戦闘に勝利できる自信がカイルにはあった。

 そもそもの話として、真っ向から試験を受けてきちんと合格した上でこの場にいる以上は、誰かから文句を言われる筋合いなどないはずだ。


「さっきから好き勝手言い腐りやがって――」


 怒りを強く孕んだカイルのその言葉を聞いて、隣に座っていたアルフレッドが即座にカイルの肩を掴む。

 スラリとした見た目とは裏腹に肩を掴むその手の力は強く、少女に飛びかからんとしていたカイルはその場に縫い留められた。

 抵抗を試みるも、ちょっとやそっとの動きではびくともしない。

 寸前で何やら呟いていたところを見るに、身体強化の【魔法】を使用したのだろう。

 諦めたカイルが一時的にではあるが大人しくなったのを確認し、アルフレッドの視線は少女へと向けられる。


「同じ階級である僕たちが、彼に対して何かを言う資格なんてどこにもないだろう!?」

「これから部隊パーティになるって言ってるんだから、気になる部分を指摘するのは当然の権利よ!!」

部隊パーティになる以前に、これまで紹介してもらった人全員を門前払いしてるのはマリシアンじゃねぇか!」

「あたしたち後衛職を守る前衛職がコイツみたいに使えないヤツだと、被害を被るのはあたしたちでしょう!?」


 怒りを沸々と煮え滾らせながら押し黙るカイルを他所に、マリシアンと二人のやり取りは白熱していた。

 力強く握っていた拳を開くと同時に、カイルの右掌で黒い稲妻のような閃光がバチリと走る。

 その様子を、これまで一切の無言と無関心を貫いていた桃髪の女性が、カイルの隣で茶を啜りながら横目で見ていた。


「【魔法】が使えないならせめ――――」


 バァン!

 激情を露にするマリシアンがまたも口を開きかけたその直後、言葉を遮るようにしてそんな音がギルド内に響いた。

 音の原因は、カイルが右手に持つ一丁の拳銃であった。


「――別に俺も自分が強いとは思っちゃいねぇが、それを『自分は守られて当然』なんて考えしてるヤツにあーだこーだ言われる筋合いはねぇよ」


 威力は低く、武器としての性能は下の下もいいところではあるが、命のやり取りをしたことのないような青年を脅す分には十二分だろう。

 放たれた弾丸はマリシアンの髪を何本か攫いながら、すぐ背後の柱へと着弾する。

 一瞬の硬直の後、自分が何をされたのかを理解した彼女は、目を見開いてあからさまな恐怖と驚愕の感情を浮かばせた。

 寸前まで激情で直立していた三角耳は、ヘニャリと脱力してすっかり垂れてしまっている。

 そしてそのまま、両目一杯に涙を浮かべながらキッとカイルを睨むと、踵を返して早足で走り去ってしまった。


「ちょっ、待てよ!」


 少し遅れて状況を把握したカナリアが、マリシアンの後を慌てて追いかける。

 その様子を後目に、未だ唖然としているアルフレッドに、凄みの効いた声でもってカイルはこう言った。


「で、どうすんだ? 俺は別にパーティに入っても入んなくてもどっちでもイイぞ」


 内心では、すでに面倒くささで投げやりになってしまっているカイルである。

 今回のこの流れで、カイルの得意な性質は今後も似たような事態を起こしかねないことが分かってしまった。

 それほどまでに、【魔法】を扱えない開拓者というのは異端なのだ。

 いっそのこと、部隊パーティを組むことは諦めて、〈青銅アエス〉のおつかい依頼を淡々とこなし続けることも考えてみたものの、やはりカイルのプ矜持プライドがそれを許さず、それどころか今のこの状況の方がましだと思ってしまう始末だった。

 安い報酬で他人に使われるなんて死んでもごめんだ、と思い直す。


「このような事態を招いておきながら勝手な話だけれども、もし君が構わないというのならこの部隊パーティに入ってくれると嬉しい」

「俺は良いけどよ、それならあの女を何とかしておけよ」

「ありがとう。このお詫びとお礼は、何かしらの形で必ず返すよ」


 深々と頭を下げ、アルフレッドはカイルに心からの感謝を述べた。

 人が自分に対して頭を垂れる様は何度見ても気持ちいいものだ、と、カイルはいとも容易く気を良くする。

 すぐキレる反面、冷めるのもまた早い。良くも悪くも扱いやすい単純さが、カイル・グラウスという男の特徴である。


「マリは僕とカナで説得しておく。申し訳ないけど、君たちには部隊パーティ編成と依頼受注の申請をやってきてもらってもいいかな」

「構いませんよ、出発は?」


 つい寸前まで沈黙を貫いて成り行きを観察していた桃髪の女性が、唐突に声を発する。


「明日の朝。東門前で合流しよう」

「分かりました」


 そうして瞬きの間に予定が決まると、アルフレッドはマリシアンとカナリアの後を追っていくのだった。


 そして瞬きの間に予定が決まり、重装士は魔法師と狙撃手の後を追っていった。

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