第43話 サイラスの企み

 アゼルは琥珀色の瞳を楽しそうに見開いた。


「へえ! サイラスでも解除できない死の魔法か。さすが、のお相手だね」


「最愛? 仇敵の間違いだろう? ……ルークは用心深く、冷徹な男だ。哀れなヴァネッサには、犠牲になってもらう。未来をひらくための、尊い犠牲だな」


「ヴァネッサはそのこと知らないんでしょ? 可哀想に」


「知る必要はない。あの魔女には、ルークの鍵魔法を開くだけの力は授けてやった。ヴァネッサは奴の使い魔を捕らえて交渉材料にし、ルークから黄金の箱を奪うつもりだ。ルークからすればヴァネッサなど敵の数にも入らんだろうが、奴がもし使い魔の救出を優先するなら、奴は交渉に応じたふりをして渡すに違いない。魔女が開ければ、一発で即死する代物だからな。ルークにとっては、人質も救助でき、ついでに魔女も葬れるのだから、一石二鳥と言う奴だ。あの魔女が使命を全うしたら、冥土で褒めてやるさ。死の鍵魔法さえ解かれれば、私があれを取り戻すのは容易だ」


「でもさ。ヴァネッサが命と引き換えに封印を解いたところで、ルークがまた封印をかけちゃったら終わりじゃない?」


「いや。『死の鍵魔法』は、一朝一夕で成し得るほど簡単な術ではない。あのルークでさえ、術を完成させるには長い時がかかるだろう。その間に、必ず私が奪い返してみせる」


「ねえ、サイラスがどうしてもルークから取り戻したいものって、なんなの? ルークが死の鍵魔法をかけるくらいだから……とんでもない宝物?」


「宝物……そうだな。あいつが我らの師、偉大なる大魔導士ミラーから奪い去った、この世にまたとない大切なもの、だな」


 彼らのいる広間に、冷たい風が吹き込んできた。風にちらちらと雪片が舞っている。


 サイラスの居城は、雪原の彼方にあった。真っ白な雪原の果てにそびえる彼の城は、辺りの民から『六花りっかの城』と呼ばれていた。六つの尖塔があるのと、六角形の冷たい結晶……つまり雪の別称を取って、そう呼ばれるようになったらしい。大きなバルコニーの向こうで、雪解け間近の雪山と雪原が、月光の下で白く輝いている。アゼルが小首をかしげ、言った。


「サイラスってさ、そのルークって奴と、一時は兄弟として共に暮らしていたこともあるんだろ? どうして、殺したいほど仲違いしちゃったの?」


「……私とルークは、道を違えた。それだけだ。私は、どうしてもあの男を許すわけにはいかない。我が師、大魔導士ミラーの名誉にかけて」


 雪原を渡って来た風に、サイラスの銀髪が揺れた。見る者を惹きつける黒い瞳に、真っすぐな銀の髪。それはちょうど、ルークの黒い髪と、美しい灰色の瞳と対称的だった。アゼルは、その場で暫くサイラスを見つめていたが、やがてぱっと鏡の前を飛び立ち、サイラスの首に両腕を絡めてまとわりついた。彼は翼を持っているので、まとわりつかれても、サイラスがその重みを感じることは無い。


「真面目な話は飽きちゃったな。ねえ、お前が望むなら、女になってやろうか?」


 雌雄同体のアゼルは、相手の望むままに見た目の性別を変えることが出来る。サイラスは笑って、アゼルの柔らかな琥珀色の髪の一房を取り、口づけた。


「いや、このままでいい。男でも女でも、お前は美しい」


「嬉しいな。でもサイラスだって、地上の人間とは思えないほど綺麗だよ。俺達地底の精霊にも、引けを取らないほどに。俺がお前のところに来るのだって、お前が綺麗で、楽しいからさ」


 享楽家の地底の精霊たちは、気まぐれで飽きっぽく、魔術師の召喚に応じて地上に出て来たとしても、一度限りでどこかへ飛び去ってしまうことが多い。けれどアゼルは、一度サイラスの召喚に応じてからと言うもの、呼んでもいないのにこうして頻繁にサイラスの前に姿を現わしてくる。地底に住む者達は魔力に目が無いので、もしかしたらアゼルは、サイラスの持つ強い魔力に惹きつけられているのかもしれない。


 サイラスは、アゼルの青白く滑らかな腕を撫でて笑った。


「そうか。お前は、変わり者の精霊だな……さあ、アゼル。少し脇に寄れ。お前がそこにいると、魔法の鏡が見えんぞ」


 アゼルは「ああ、ごめんね」と言って、サイラスの脇にふわりと腰を下ろした。大きな鏡は、魔女の館の喧騒を生々しく映し出していた。サイラスは、アゼルと葡萄酒で乾杯をしながら、優雅に言った。


「さて。ルークのお手並み拝見と行こうじゃないか。ヴァネッサの言う人質がどんな使い魔か知らんが、あのルークを王都から引きずり出したんだ。ヴァネッサがここで失敗したとしても、その使だということは分かった。今後、こちらにとっても……その使い魔とやらは利用価値があるかもしれんな」


「サイラスは意地悪だからね。サイラスに狙われるなんて、その使い魔も可哀想に。ガマガエルと、女性型の魔人……だっけ? カエルはともかく、女か。魔人とはいえ、美人だったらどうする? お前のものにしちゃったら? ルークって奴、悔しがるかもよ?」


 アゼルの琥珀色の瞳が、いたずらっぽく輝いていた。サイラスは笑って手を振ったが、その瞳には、鋭い光が灯っていた。


「さあな。どうだろうな……」

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