第12話 華麗なる死闘3

 ピーっという2回目のホイッスルが鳴り、後半戦に突入する。

王子たちは、このまま消耗戦になるのを避けるため、序盤からかなり攻めていた。外野のアレックスが大活躍をして、ボールが相手チームに渡らないよう、絶妙なコースを狙って王子にパスする。この猛攻撃に、敵チームがボロボロと退場していく。そして、遂にアレックスの剛速球が、ブラッドの右肩を捉えた。どすっという音と共に、ボールは中を舞ったあと、誰に触れられることもなく地面に跳ね返る。ピーっというホイッスルが、彼の退場を告げた。勝った。


 誰もがそう思った時、コート内にいた別の生徒が手を挙げた。どういう訳か彼は、ブラッドの代わりに退場するのだという。退場を誰かに変わってもらえるなんてルールあったのか?すかさず先生の方に講義の視線を投げかけると。先生は何の問題もないといった様子で快承した。ブラッドはにんまりした。あんなの卑怯ではないか。そんなことがまかり通りのなら、彼はボールを当てられるまで永久にコート内に居座ることが可能になってしまう。王子はすかさず先生に講義した。しかし先生の見解としては、そういったルールはあると認識しているらしく、承認してしまったからには取り消せない。とのことだった。


「さすが、やることが卑怯だな。」王子は珍しく腹黒さ丸出しで食ってかかった。


「ここではそういうルールだ。お前の故郷のクソ田舎がどうかは知らないがな。」


「女の子一人を相手に、こんな奥の手まで使うとは恐れ入ったよ。」


 気がつくとコート内にはもう、私と王子しかいない。相手チームも2人。大接戦だ。いや、違うこんなの泥沼だ。私は正直クタクタだった。さっきから再三言っているけど、私は運動なんてこれっぽっちもしたくなかったのに、気づけばチームの最後の生き残りの地位まで上り詰めていた。我ながら大健闘だと思う。

 むしろもう十分ではないか? 本当だったら一目散に退場して、今や大多数の人がそうしているように、自分も外野に回っていて、傍観者を決め込んでいるはずだった。春先だというのに、季節はずれのカンカン照り既に体中汗だく。前髪が顔にベッタリと張り付いていたのを腕で拭うと、厚塗りした日焼け止めが擦れ落ちていくような気がした。あれほど抵抗していたのに、いつしか私は体育着の長袖は脱ぎ捨てて、中に着ていた本来出番が来るはずのなかった半袖半ズボンから、自慢の白い腕・足を忌まわしい太陽に晒していた。

 もう、このあたりで終わりにしてしまいたい。そもそも、ブラッドは卑怯な手を使ってコートに居座ってはいるが、私より先にボールに当たったのは確かだ。王子のご命令は、ブラッドより先に私がボールに当たらないようにすること。であれば、その目的は先ほど達成されたと言っていい。そうだ。私は穏やかな達成感に満ち溢れて王子の方を見やったが、それはすぐに打ち砕かれた。

 王子の方を見やると、彼の瞳はこれ以上ないくらい怒りに燃えていた。その目線の先にブラッドを捉えて離さない。ブラッドもまた、血走った目でこちらを睨みつけている。私は愕然とした。無理だ。こんな状況下で私が「今日はもうこれくらいにしてやりましょうよ。」なんて彼らに取り入ろうとするものなら、私は彼らに両サイドから張り倒されることだろう。


 3度目のホイッスルが鳴り、いよいよ最終決戦。相手チームは、今度は作戦を変えて徹底的に王子を狙うことに切り替えた。外野とブラッド達でボールを奪う隙を与えない攻撃が降り注ぐ。王子は手も足も出ないといった様子だった。本来であれば、もう1人のチームメイトである私がボールを横取りする様動かなければならないのに、私は立ち尽くすばかりで何も出来ないでいた。王子の動きがだんだん鈍くなっているのがわかった。ボールをよけた矢先、かれは遂に足を滑らせてバランスを崩した。その一瞬の隙を付いて、ブラッドが渾身の剛速球を放った。王子は逃げ切れない。このままではボールに当たってしまう、そう思った瞬間、私は無意識に彼の方へと駆け出していた。


 ドスンという音と共に、背中に衝撃が走り、私は前につんのめって、地面に投げ出されてしまった。膝と両手で地面を滑るように転げ落ちたので、両手と両膝がヒリヒリするのと同時に、背中にも激痛が走る。よろめきながらなんとか体をもたげると、砂だらけの両手と両膝からは血がにじんでいた。周りの誰かが駆け寄ってたが、内一人が人混みの中からやってきて。私を抱えあげて仰向けに抱き起こした。顔を上げると、王子が心配そうにこちらを覗き込んでいた。


「先生、花園さんが負傷したようなので、彼女を保健室に運びます。

 僕もさっきの流れ弾に当たったので、このゲームは相手チームの勝ちです」


 王子は先生の了承を聞く前に、彼は立ち上がると、そのまま両手で座り込んでいる私を両手で抱え上げると、そのまま校舎の方へ歩き出した。


 そう、私は人生で初めてお姫様抱っこをされた。それも絵本の中からとび付出して着たかのような背の高いイケメン男子のよって。たとえそれが、つい先日私を自室で脅迫した腹黒王子だったとしても、関係ない。彼はその細身の体型からは驚きの怪力で私を抱き上げたままスタスタと歩き出し、私は抵抗するまもなく彼に運ばれた。ほかの生徒たちは私と王子を通すために道を開けていく。後ろの方で、まみやちゃんの声が聞こえたような気がしたけれど、先生のホイッスルで集合をかけられると、皆校庭へ戻っていった。


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