第5話 日常編1


 学園内は、普通科のクラスがある本校舎、特待生・ICクラスのための新館、体育館、そして入学式などの各種全校集会が行われる大ホールがある。本校舎は音楽室や図書室のある実技等の二棟建てになっっており、それら各施設へは構内に張り巡らさ れた複数の渡り廊下や、小道を伝って行き来する。校舎内の廊下のあちこちには、まるで洋風のお城のように華やかに草木や花々で彩られた庭園や中庭が数多く存在する。

 まみやちゃんが見つけたそこは、私達のいる新館と実技棟の間をつなぐ廊下に面した、広い西洋風の庭園で、まるで西洋に迷い込んだかのように、白い石造りのベンチや噴水、ギリシャ神話に登場する神々の石膏像が飾られ、隅には色とりどりの花々や木々が植えられている。天気のいい今日にはぴったりの場所だった。


 私達はつる薔薇が茂る木陰に据えられたサイドテーブルとベンチにそれぞれ腰を下ろして昼食を取った。


「はあ。午前中は、各事業毎に自己紹介させられるから緊張したー。みんな初対面だし、初日って本当に気疲れしちゃうよね。」

桜子ちゃんは大げさに両手を上げると、そのままがっくりうなだれた。


「確かに~。午後もこの調子だと思うと気が滅入るね。」初音ちゃんも疲れている。


「でもそのおかげで今日はまだ授業らしいものはありませんでしたし、宿題も今のところ出されてませんからラッキーですわ」


やっと訪れた平安のひと時を満喫しながら、楽しくお昼休みを過ごしていると、遠くの方から声がした。



「おーい。アニメガールズ!、調子はどうだい??楽しんでる?」


 振り向くと遠くの方から、見知らぬ二人組がこちらに向かって手を振っているのが見えた。

 一人目は、まるでマイケルBジョーダンを思わせる黒人マッチョ。この距離からでもはっきり分かる褐色の肌にムッキムキの上腕二等筋を振り回しながら、アメリカンフットボール選手ばりにこちらに突進してくる。その少し後方から優雅に小走りしているのは、全世界の男たちの理想型、バストとヒップが砂時計みたいにくびれたラテン系ナイスバディーガール。ご苦労にもピッチピチの半袖T-シャツに、ショートパンツなのか、パンツなのか分らない際どいデニム。という出で立ちで、颯爽とこちらに駆けてきた。二人がこちらにたどり着く間、庭園にいた他の生徒たちの視線が釘付けになる。


「あなた、入学式で見たクレイジーガールでしょ? 私はジェシカよ、よろしく。

同じクラスかと思ってたけど、あなたは日本人なのね。お隣さん同士仲良くしてね」

ナイスバディが自己紹介した。信じられないけれど同級生らしい。


「僕はアレックス。ここいいかな!

日本には君みたいなアメイジングな女の子がいるとは聞いてたけど、この学園で出会えるなんて夢にも思ってなかったよ。僕の好きなアニメの女の子みたいだ。」

アレックスはそういって、返事を待たずにどかっと私たちの間の隙間に腰掛けた。


「上鶴まみやですわ。こちらこそよろしくお願いします。日本語がお上手ですのね?」

警戒心むき出しの私をよそに、まみやちゃんは穏やかに二人を迎え入れた。


「誰がアニメガールよ!私はかれん。そしてこれは、ロリィタっていうれっきとしたファッションなの」


 私は憤慨した。ロリィタにとって、アニメ・コスプレというワードはご法度だ。よく間違えられるが、黒白のロリィタファッションを指す「ゴスロリ」もどちらかというとアニメ・コスプレという意味を指すのでロリィタさんたちからは嫌煙される。確かに、アニメとかで出てくるキャラクターに見えなくもないし、実際よく間違われる。だからこそ、純粋にファッションとしてロリィタを着ている私たちは、彼らの軽率な言動に敏感なのだ。


「よろしく、かれんとまみや!

ごめんごめん、そんなに怒らないでくれよ。とにかく、素敵だよ君の服装。

今まで写真とかイラストでしか見たことなかったからテンション上がってるんだ。ちなみに、日本語がしゃべれるのは母親が日本人のハーフだからだよ。生まれはシアトルだけど中学の時にこっちに越してきたんだ。」


「それ、原宿とかでたまに見るやつでしょ?学校にそれ着てくるなんてクレイジーじゃない、もちろん褒め言葉のつもりよ。」


ジェシカも同調した。離れ小島のアジア系女性が着ているクレイジーなファッションに関心を持つようには見えないジェシカだが、その目は興味津々といった様子で意外だ。


「私も、かれんちゃんの服嫌いじゃないよ。とっても可愛いと思う。でも、やっぱり目立つよね。今日話してみるまでは、カレンちゃんって俗に言う電波みたいな子だとおもってたもん。」

 脇から釘を刺したのは初音ちゃんだ。


「あたしも、かれんが教室に入る前、みんなが、あれは神咲くん気に入られたくてわざとしてるんだ。とか話してたから、てっきり狙ってるのかとおもったよ」

桜子ちゃんも初音ちゃんに続く。


「そんなわけありませんわ。 かれんちゃんに限ってそんなこと。」


突然、私の代わりににまみやちゃんが割って入ってきて抗議した。


「カレンちゃんはなにも悪いことをしていないのに、みんな嫉妬しているんです。見苦しいですわ。」


「あー、そうか、かれんちゃんってそういえば、彼が早速目をつけてたあの子なのね。」 

ジェシカが思い出したように言った


「食堂でのみんなの前で声かけられてたの、あなたでしょ?”意地悪王子様”に目をつけられるなんて、色々大変そうね。」ジェシカは意味ありげに言った。


「意地悪王子様?」私は思わず聞き返した。


「神咲くんって私たちからは憧れの的って感じだけど、ICクラスのなかではそうでもないの?」桜子ちゃんも食いついた。


「僕らのクラスの中でも彼は一応王子的な位置づけになってるよ。ただ、あれは出来すぎだね。」アレックスが答えた。


「みんなの夢を壊さないためにもあなたたちは知らない方が幸せなんじゃない? 

まあでも、ICクラスと特待生はたまに授業が一緒になるから、そのうち分かるわよ。」


「何かあったらいつでも話を聞くわよ。このままじゃ学園の女子みんなが彼のハーレムになってしまいそうだもの。」ジェシカがウィンクしながらそう付け足した。


 こうしてICクラスのメンバーで初めての友達が出来た。最初は警戒したけれど、話してみるととても気さくで良い人達だった。なんだかんだ時間はすぎて、私たちは午後の授業に遅れないよう、教室へ戻っていった。



 教室にもどって午後の準備をしていると、教室にいた数人の女子がチラチラとこっちを見ながら何か話している。特に朝王子の取り巻きをしていたような派手目のお嬢様タイプはあからさまな敵意の目をむけてこちらを睨んでいた。嫌な予感がした。奥の席に陣取っている彼女たちののいる付近に、ちょうど私の席があり、私は彼女たちの前を通らなければいけない。かなり気は進まなかったけれど、なるべく彼女たちの気に障らないように、そろそろと歩きだすと。

「ねえ、みんなはどう思う? これ。」

陣取った女子生徒の一人がこれみよがしに声を上げた。

「私は無理。ありえないでしょうこんなの。」

「所詮、服装だけ目立ちたいだけの陰キャでしょ。なのにICクラスにまで色目を使って。」

 まるで私に言い聞かせているかのような、冷たい刺すような口調。

なるほどそういうことなのね、ここはヴェルサイユで、みんなは渦中の殿方の話題で持ちきり。私みたいな下級の娘が王子に目をかけられたから、上級貴族のレディ達の目の敵にされていると。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る