第7話見守る作戦から、手放さない作戦に変更します。

「あんたがさっさと定期を渡さないから死んだのよ。ブスのくせに東京とか行っていいと思ってんの。この、公害女。あんたには、本当にアッタマきてんのよ。まあ、最近つまらなかったし、ヒロインになって王子様と結ばれる人生も良いかもね。また、たくさん虐めてあげるから楽しみにしててね」


憧れていたヒロイン、フローラに憑依したのは私を虐め抜いた女だった。

私はその事実に震えが止まらない。


新しい人生を与えられ、悪役令嬢に転生したことを恐れた。

それでも、素敵な人たちに出会えて幸せな気分になれたりもしていた。


でも、私はどこの世界に行こうと、人のストレス発散のマトになる地獄から逃れられないのだ。

私の頰を熱いものがつたうのが分かった。


「イザベラ様、国王陛下がお呼びですのでお連れします」

突然、優しい声が聞こえて振り向くと、私を温かい眼差しで見つめるサイラス王太子殿下がいた。


「あ、はい、今、参ります」

私が涙を手で拭おうとすると、サイラス王太子殿下がハンカチを渡してくる。

他国の王太子に、私を呼んでくるように国王陛下が頼んだのだろうか。

とても不敬な気がするが、今はここからすぐにでも立ち去りたいので黙ってサイラス王太子殿下の手をとった。


「ちょっと、話してる途中なんですけど、待ちなさいよ」

私の腕をつかもうと、フローラが手を伸ばしてくるのが分かった。

あんなに憧れていたヒロインなのに、白川愛が憑依しているからか鬼の形相に見える。


「痛い、あんた何するのよ」

その時、サイラス王太子殿下がフローラの手首を捻りあげているのが見えた。

見たこともない冷たい目つきをした彼に私は思わず息をのむ。


「ルイ国の王太子に対して、無礼な口の聞き方をなさる方ですね。国を通じて正式に抗議をしたいので、名前を名乗るくらいはして頂けますか?」

空気が凍りつくようなサイラス王太子殿下の声に、フローラが後ずさった。


「失礼しました。あの名乗るほどのものではありません」

フローラは焦って大きな声で叫ぶと去って行った。

尻尾を巻いて逃げるような彼女を見て、少し驚いた。


白川愛は地元の名士の娘で、教師も彼女に気をつかっていた。

彼女は人心掌握の天才だった。


彼女が私を虐めると決めた日から、周りはみんな私が人であることを忘れたように虐めだした。

フローラに憑依した彼女が逃げ出すような姿を初めて見て、少し気が抜けて体が傾いた。


その時、突然体が浮いたような感覚を覚えた。

「わ、すみません。あの、国王陛下の元に行くのですよね」

気がつけばサイラス王太子殿下にお姫様抱っこをされていて、慌てて私は彼の首にしがみつく。


「私がお連れしますよ」

サイラス王太子殿下の美しい顔が近くにあって、私は心臓の高鳴りが抑えきれない。


「待ってください、このような格好で会場に戻ってはならない気がするのです」

私を抱えたまま歩き出す彼に必死にアピールするも、彼は私に微笑みだけを返してくる。


舞踏会会場に戻ると思ったのに、なぜだか王宮の外にとまっている馬車に乗せられた。

「どうぞ、ごゆっくりしてください。2日くらいは馬車に乗りっぱなしになります」

私の隣に座ってきた、サイラス王太子殿下の意図が分からず私はうろたえてしまう。


「ルイ国まで急ぎなさい」

彼の指示で馬車が発進して、ルイ国の護衛騎士たちがついてくる。


「建国祭はあと4日続きますけれど帰ってしまうのですか?レイラ王女は置いてってしまうのですか?」

急な展開に頭がついて行かず、私はサイラス王太子殿下に矢継ぎ早に尋ねる。


「実は、なぜ私がこれほどイザベラ様に惹かれたのかが分かりました。あなたは異世界から来た方ですか?絶対に10歳ではありませんね。落ち着いていて、澄んだ海のような心をしています。そして、あなたは誰より傷ついてきた方だ。だから、人の気持ちをいつも考えて思いやりと優しさに満ちている。今まで、どのような女性にも興味が湧きませんでした。どうして、あなただけは特別なのかが分かりました。あなたを見守る作戦から、手放さない作戦に変更することにしました」


「サイラス王太子殿下は、異世界の存在を知っているのですか?」

私は彼があっさりと異世界の存在を口にしたことに驚きを隠せない。


「知りません。でも、先ほどのピンク髪の女性の発する言葉には知らない単語がたくさん出てきました。赤信号、東京、定期など何を言っているのかわからず、不審人物だと思いました。しかし、イザベラ様はそれを理解していた。私はピンク髪の女性は信用していませんが、あなたのことは信頼しています。だから、彼女とあなたは知り合いで、私の知らない世界から来たのではないかと予想しただけです」


サイラス王太子殿下の優しい微笑みに、思わず私の溢れていた不安の涙は止まった。




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