「月が、綺麗ですね。」

八尾倖生

序章 蛇の道

「それでは後はこっちで手続き致しますので、こちらの原稿は一旦預からせていただきます」

「はい! お願いします!」

 人は初めて何かを創り上げたとき、何を思うだろう。創り上げたものに初めて評価が付いたとき、何を感じるだろう。

 初めて褒められたとき、心は躍るだろうか。初めて貶されたとき、心は沈むだろうか。

「あ、有紗ありささん、今終わりました。一応原稿は確保しましたけど、……正直、なかなか酷い出来なので、あまり期待しない方がいいと思います」

「ふーん。んじゃあ、また名前変えた方がいい?」

「そう思います。たぶんこれが二作目だと、五木いつきあおいの名に傷がつきますよ」

「そ。わかった。ちなみにどんなのがいいと思う?」

「ええと、そうっすね、永野ながの華奈かななんてどうですかね?」

「……それ、また好きなAV女優とかじゃないでしょうね?」

「ち、違いますよ!」

「ま、どうせ捨て名だから別に何でもいいけど」

 喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも、人は何をもってして、そこに辿り着くのだろう。神は何を以てして、それらをこの世に産み落としていったのだろう。

 それを人間が操ろうとしたとき、果たして神の領域に、踏み入ることはできるだろうか。それをすべて否定されたとき、果たして人間の領域に、踏み止まることはできるだろうか。

「ちなみにそれ、どんな内容なの?」

「ホント酷いもんですよ。あの、高校生にもなって中二病丸出しなんですもん」

「へー! 面白そうじゃん! 今度ゆっくり見させてよ!」

「もちろんっす! あ、ちなみに今日、有紗さんの家行ってもいいですか? 今後の作戦会議もしたいので──」

「無理に決まってんじゃん。何勘違いしてんの?」

「え、そ、そうっすよね……」

 人は笑うことで、心を弾ませる。

 人はわらうことで、心を落ち着かせる。


 秋の風は宿命のように、じゃの道に蛇を運んだ。

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