魔術学園で噂の新入生は最強師弟！？

最強師弟結成

魔術学園入学試験の最終選考

　魔術学園グローイングには異様に広大な一室がある。何十人も手を広げて並べるし、天井は大人が数人肩車しても届かない。

　そんな一室の中央に、巨大なクリスタルが浮かんでいる。虹色に輝き、常に緩く回転し、淡い光を散らしている。何百年と魔力のデータを蓄積している。クリスタルに向けて魔術を放てば、その魔術師の特性を調べる事ができる。

　クリスタルは魔術学園グローイングの象徴でもある。実質的には魔術師の魔力の特性を調べる事しかできないのだが、何百年と存在してきた貫禄と膨大な魔力のデータを駆使すれば、様々な願い事が叶うと信じられている。

　この部屋で儀式を行ったり、出世を願ったりして、成功した者は数知れない。一般人に開放されるのは年に一、二回だが、数多くの人間が訪れる。

　そして今、クリスタルは本来の役割を果たそうとしていた。

　灰色のローブを身に着ける、いかつい男が集団の前に出て声を発する。

「俺は魔術学園講師のイーグルだ。挨拶はこのへんにして、魔術学園入学試験の最終選考を行う！」

　野太い声は広大な一室に響き、集団の多くを萎縮させる。

　イーグルは集団の雰囲気などお構いなしに号令を掛ける。

「最終選考はクラス分けだ。魔力のレベルにより上級科、中級科、初級科に分けられる。名前を呼ばれた者はクリスタルの前に出て、全力で魔力を放て！」

　怯えながら魔力を放つ多くの人間がレベル40未満の初級科に分類される。

　中にはレベル40からレベル60の中級科に分類される人間もいたが、イーグルが驚くほどではない。

　しかし、五十人もいれば特別な人材は出てくるものだ。

　灰色の髪を肩まで伸ばした少年がクリスタルに近づく。黒を基調とした落ち着いた服装から察すると貴族なのは間違いないが、琥珀色の瞳がどことなくぎらついていた。

「イーグル先生、号令はまだですか？」

「ジェノ・トワイライトか……」

　イーグルは呟きながら冷や汗をかいた。

　ジェノの雰囲気は異常だ。彼が歩くだけで針に突き刺されるような張り詰めた空気となり、彼が口を開けば威圧感を覚える。

　しかし、魔術を放っていないのに評価を定めるのは他の学生にとって不平等だ。

　イーグルは深呼吸を繰り返して、胸の内をなだめる。

「ジェノ・トワイライト、全力で魔力を放て」

　ジェノは深い溜め息を吐いて、右の手のひらをクリスタルに向ける。

　部屋は異様な雰囲気に包まれた。

　壁や天井、そして床がグニャリと曲がり、みるみるうちに歪な形になる。空気が重苦しくなる。

　その場にいる全員が得体の知れない圧力を感じていた。

　時空が歪んでいく。そう表現するしかない。

　ジェノは淡々と呟く。

「ドミネーション、オーバー・ディスティニー」

　彼の魔力が放たれたのはたった今だと気づいた時に、イーグルの全身が固まった。

　時空の歪みは加速度的に増し、その場にいる人間を巻き込もうとしていた。

　空間そのものが消えそうになっていると分かったが、イーグルにはどうしようもない。

　事態を理解した人間たちはたった一人を除いて悲鳴をあげた。

　銀髪の少年だけが悲鳴をあげず、腹を抱えて大笑いをしていた。長身の痩せた少年で、ボロ布を辛うじて身体に巻き付けている。平民と比べてもみすぼらしい服装だ。

　ジェノは銀髪の少年を一瞥して、不服そうに眉を寄せる。

「受けを狙ったつもりはなかった」

「これが笑わずにいられるか！　魔術師ってのはすげぇな」

　銀髪の少年はヒーヒーと呼吸を乱し、片手を振った。

「やっぱり俺が魔術学園グローイングに入学するのはナシだ。格が違いすぎるぜ」

「おまえも最終選考に残ったのだろう。試してみろ」

　ジェノは呆れ顔になって魔術を消した。

　一瞬にして空間が元に戻った。

　壁や天井、そして床も何事もなかったかのように戻っていた。

　クリスタルにはレベル99ドミネーションと表示されていた。

　イーグルの全身にドッと汗が噴きだす。

「レベル99だと！？　魔術を途中で消したのに、最高評価だ。どこでそんな魔術を習った！？」

「独学としか言い様がありません。自分の力がどの程度なのか確かめたくて魔術学園グローイングに入学を希望しました」

　ジェノは事もなげに答えていた。

　どよめきがあがった。

「本物のトワイライト家なのか！？」

「ブレス王国を陰で操っているという伝説があるよな……」

　困惑や警戒が広がる。

　銀髪の少年が露骨に表情を歪めた。不愉快そうに舌打ちをする。

「ブレス王国のトワイライト家か……ついてないぜ」

　ジェノは肩眉をピクリと上げた。

「最終選考の最中だ。おまえが最後だな。さっさとしろ」

「……ジェノ、指示を出すのは俺の役目だ」

　イーグルが大げさに咳払いをした。威厳を保つために軽く咳払いをするつもりでいたが、せき込みそうになるのを堪えるのに必死だった。

「次、シェイド」

「魔術師の考え方や魔術のやり方を知りたくて来たんだ。俺が放てる魔術なんて無いぜ」

「初めはみんなそうだ。例外がいたが、気にするな。魔力がないなら、全力でクリスタルを殴っておけ」

　部屋中に安堵の溜め息が漏れる。普通の人間が出てきたと思い、互いに顔を見合わせて頷いていた。

　銀髪の少年シェイドはゆっりとした足取りでクリスタルに近づいて、両目を見開いた。

　シェイドの目はクリスタルの光を受けて、爛々に輝いていた。

「すげぇな。本当に殴っていいのか？」

「何百年と存在し続けた代物だ。簡単には壊れないぞ」

　イーグルは得意げに解説した。

「目の前に憎たらしい人間がいると思って殴ってもいい」

「そうか……じゃあ遠慮しないぜ」

　シェイドの両目に殺意がぎらつく。

　刹那、ドンという衝撃音だけが響いた。目にも留まらない速さでクリスタルを殴りつけたのだ。

　クリスタルは一瞬真っ黒に染まった。

　元の色に戻る頃にレベル99イービル・ナイトと表示されていた。

　部屋中の人間が凍り付く。

　イーグルは咳き込んでいた。

　ジェノは表情を変えずに口を開く。

「殴っただけなのに最高評価だな。おまえは何者だ？」

「……ただの貧乏人だ」

　シェイドは気まずそうに答えていた。すがるような目つきでイーグルを見ていた。

「このクリスタルは壊れてねぇか？　俺が魔術を使えるなんてありえないはずなんだが」

　イーグルは咳き込むばかりで答える余裕がない。

　代わりにジェノが口を開く。

「クリスタルが間違えるのはありえない。おまえは興味深い力の持ち主だ」

　シェイドはヒッと小さく悲鳴をあげた。

「……トワイライト家が気にするもんじゃねぇだろ」

「観察させてもらう」

「やめろ」

「それと、できる範囲で礼儀を教えてやる。ここは貴族が多いから、目を付けられないようにした方がいい。まずは教員に敬意を払え」

「余計なお世話だ、俺は帰る」

　シェイドはスタスタと部屋から出る方向へ歩き出す。

　ジェノは琥珀色の瞳で凝視した。

「ドミネーション、インパーフェクト・ストップ」

　ジェノが呟くのと同時に、シェイドの歩みがピタリと止まった。シェイドは全身に力を込めているようだが、その場で身を震わせるのが精一杯だった。

　ジェノが歩み寄る。

「帰りたいのなら、僕を超える魔術師になるといい」

「……ハードルが高すぎるだろ」

　シェイドはギギィとぎこちない動きでジェノに顔を向ける。

　ジェノはシェイドの肩をポンと軽く叩いた。

「気にするな。自己研磨に励め」

「俺に選択肢を与えないつもりだな、クソッ。分かった、魔術学園グローイングで勉強するぜ」

「汚い言葉は控えて、死ぬ気で勉強する事だな」

　ジェノが魔術を消す。

　シェイドは両手をワナワナさせたが、何も言わなかった。

　その場にいる人間は固まった。彼らに指示を出すべきイーグルの咳が落ち着くまで時間を要するのだった。