第8話 ★300秒のメッセージ
差出人不明のUSBメモリーがあたしの元に郵送で届いたのは、あたしがまだマンハッタンに在住していた時期で、『新しい就職先』から採用の告知が来る二週間前のことだった。
『やぁ、久しぶりだねハイネ。キミとこうやって話すのはみんなで【
同封されていた
淡いピンク色のミディアムロングに
同封されていた暗号文の内容で差出人が身内の誰かなのは分かっていた。
それに、あたしを『ハイネ』って呼ぶのはミストルティンのみんなだけだから。
『ハイネの活躍はボクの耳にも届いているよ。あの『泣き虫ハイネ』が今は末席とはいえ、三大勢力の一角である【
流れていた映像はあの子らしい気さくで
一瞬だけ昔を懐かしんで感傷に浸っている自分がいた。
ただ、話している内容が秘匿情報ばかりなのが気になって、その感情はすぐに頭の中から霧散した。
『さて、あまり時間がないから単刀直入に要件を伝えるよ。ハイネが
ドクン、と心臓が跳ね上がった。
どうして、この子がその事を知っているのだろう。
情報漏洩? 外部からのハッキング? それとも組織内に
『ああ、ごめんごめん。話す順番が逆だったかな? ボクの近状を話す方が先だったね。えっと、自分で言うのも何だけど、ボクは業界で『
その名前は知っている。
各国の首脳や名だたる
『ふふん。今のボクって結構凄いんだよ? えっへん!』
腹立つ、PCの電源落としてやろうかしら。
『そんな、いつ死ぬか分からない状況に身を置くボクだから、ボクはハイネと取引が……ううん『お願い』をしたいんだ』
お願い。
その一言が耳に入り、あたしは電源を落とすのを止めた。
──まぁ、あの子とは昔のよしみだし? 話だけでも聞いてあげよっかな?
そう思ってあたしは残りの動画を最後まで見た。
動画の後半はある一人の女の子との生活を切り取った記録映像だった。
『ねえ、アイビス。今夜は何が食べたい? たまにはピザ以外の食べ物もちゃんと食べよ?』
そう言ってあの子に話しかけている彼女の姿は長い黒髪が印象的なアジア系の顔立ちで、あたしよりも少しだけ背の高い同い年くらいの子だった。
『待て、落ちついてアイビス。確かに冷蔵庫にあった限定品のプリンを勝手に食べたのは悪いと思っているし、誠心誠意で謝罪するから。だから、その物騒な剣を今すぐしま──ギャー!』
映像に映っている彼女は心の底からあの子との生活を楽しんでいる様子だった。
『よーし、アイビス。体幹トレーニングは良いとして、私がメイド服になる理由を説明してもらおうかな? え、何? 上に乗るから四つん這いになれ? 流石にそれは……分かった、分かったからそのロウソクと
あの子も彼女も、まるで姉妹の様に仲睦まじい関係に──見えないわね、これだと。
『映像で見てもらった彼女の名前は烏丸彩羽。何を隠そう彩羽は日本で拾ったボクの犬──相棒なんだ』
今、サラッと自分の相棒を犬って言ったわね。この子。
『ボクのお願いは一つだけだ。ボクが何らかの理由で
だから、交換条件に潜入捜査の件は
『きっとハイネも彩羽の事を気にいると思うよ? それに『
この動画を撮影した日時が去年の十二月二十三日で
『じゃあ、彩羽のことをお願いね? 言っておくけど彩羽を
最後にそんな愛のあるセリフを残して動画はプツリと終わる──はずだった。
『最後にもう一つだけ。『何らかの理由』でボクがハイネや彩羽と敵対する場面があったら──その時は迷わずにボクを殺してね』
ある意味で『それ』はあの子が既に死んでいることよりもタチが悪く、笑えない冗談よりも最低で最悪な
どうやら、あの子は作戦前の段階で事前にそうなる事を予見していたらしい。
用意周到というか、腹黒いというか。あの子らしい手際の良さと未来予測だった。
いいわ。不本意だけど、その話に乗ってあげる。
あの子にお願いされた以上は義理を果たすべきよね。一人の友達として。
「……えっと。一応念のために
日本の高校に転入していざ御本人に会いに来てみれば、あたしの『新しい相棒』は映像とはまるで違って、覇気もなくて顔色も悪いくて、雨に濡れた子犬の様な弱々しい存在感で、もう見るに堪えない有様だった。
正直言ってムカついた。「何をしょぼくれているんだ、しっかりしろ!」って、その時は思った。
でも、実際に彩羽と話してみてこの子もあたしと同じ『寂しがり屋』なんだと思えた。
今日になってなんとなくだけど、あの子が彩羽を可愛がる気持ちが少しだけ分かった気がする。
分かった気がするけど──。
なんなんだろう、この気持ちは?
ただ他人の腰に手を回してバイクの二人乗りをしてるだけなのに、こんなに胸がドキドキするのは……なんなのよ! マジで!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます