森の盗賊団


 さっそく、僕は壁の一角を占める掲示板に目を走らせる。

 板の大きさは、ヤクゥツードのそれの半分程度で、貼られた依頼書の数もそれ相応だ。


 僕が探し求める依頼は、「配達」である。【収納ストレージ】と、【転移ワープ】が使える僕にはうってつけの仕事だ。


 ヨール島でも、僕は知り合いのお届け物を請け負い、駄賃を得ていた。

 町と村の間を運搬するだけで、月のお小遣いよりもずっと多い額が貰えた。この旅の資金も、全てそれで稼ぎ出した。


 恐らく人族の世界でも配達の仕事はあるはず。


 実際、掲示版には配達の依頼書がいくつか貼られている。

 そのうちの一つは、配送先がヤクゥツードになっていた。

 これならば、【転移ワープ】で届けられるぞ。


 再びあの町へ行くのは少し不安だが、ケルビンにさえ会わなければ平気だろう。


 僕はその依頼書を、受付のお姉さんの所へ持っていく。


「え、ダメなんですか?」


 予想外にも受注を拒否されてしまった。


「はい、新人の方にはちょっと……」


 それなりに信用のおける相手でなければ、任せられないのだという。


 考えてみれば当然かもしれない。

 お客様の大事な荷物を預かり、遠くの町まで届けるのだから。


「まずは町内の配達から始めてみては?」


 うーん、それだと、たいした額の報酬は得られそうにない。

 魔獣退治などの方が、よほど効率よく稼げるだろう。

 アネモネならば、この辺りに棲息する魔獣くらい余裕で狩れそうだし。


「ボクはイヤだ」

「え?」

「魔獣を狩りたくなんかない」

「どうして?」

「とにかく、イヤなんだ」


 アネモネの態度は頑なだった。


「じゃ、どんな依頼クエストならばいいの?」

「人族を狩るのなら、やってもいい」

「そんな依頼ある訳……」


 そこで、受付のお姉さんが僕らの会話に割り込んで言った。


「ありますよ」



 数時間後、僕らは森の小路を歩いていた。


 お姉さんの言う依頼とは、この森を根城とする盗賊たちを退治して欲しいというものだった。


 元は数人で活動していた野盗に、傭兵崩れや元冒険者らが合流し、やがて十数人規模の集団となったらしい。

 街道をゆく旅行者や行商人、さらには冒険者らも被害に遭っており、町にとっては大迷惑な存在だという。


 僕らがその依頼を受けたいと申し出ると、お姉さんから猛烈に止められた。


「めちゃくちゃ危険です。特に、彼らの雇った用心棒が超強いんですッ」


 あくまで参考までに教えただけで、新人が手を出して良い案件ではないという。


 町で最も戦闘力に定評のある冒険者パーティーが挑んだものの、呆気なく返り討ちにあった程だという。


 それでも構わず、僕らは受注した。こちらの依頼は、新入りでも受ける事自体は可能らしい。

 何が起きても自己責任ですよと、お姉さんから何度も念を押されたけど。


「ライム、お前はやっぱり、お城で留守番していろ」


 普通について来ているライムに言う。

 僕の手をぎゅっと握り締め、ライムは首を振る。


「いく」

「ふう……。じゃ、僕から離れるなよ」

「ん」


 さらに森を奥へと分け入った。


「あそこみたいだね」


 茂みの中から、前方に見える岩肌を指し示しつつ、アネモネが言う。


 洞窟の入口がある。そこが、盗賊団の隠れ家らしい。もはや町の人々には広く知られており、隠れているとは言えないのだが。


「どうするんだい?」


 アネモネから問われるも、特に何の方策も持たずにここまで来てしまった事に気づく。


「どうしよ?」


 僕は逆にアネモネに訊く。


「とりあえず、中へ入ってみよう」


 さすがにそれは、無鉄砲すぎでは?

 まあ、アネモネならば平気かもしれないけど。


 戦闘も予想される。

 僕らは、【变化の腕輪メタモルリング】を外した。


 躊躇のない足取りで、彼女は洞窟の方へと進んでいく。

 僕はライムの手をしっかりと握り締め、アネモネの後に続いた。


 不意にアネモネが立ち止まり、やや姿勢を低くさせた。

 洞窟の入口に目をやると、暗がりの中から何物かが姿を現す。

 人……ではなかった。


 全身をを硬質そうな白い毛で覆われ、狼の頭部を持つ者。

 獣人族の男だ。


 ……で、でかいな。

 僕やアネモネの倍くらいの背丈があり、その身体は鍛え上げられていそうだ。


 巨大な柄頭の付いた戦槌を手にしている。

 彼は、こちらを見て眼を見張った。


「魔族……か?」


 男の言葉に、アネモネが問い返す。


「だとしたら、何だい?」


 すぐに、男の表情は厳しいものになる。


「何者であろうと関係ない。今すぐ立ち去れ」

「そうはいかないよ」

「さもなくば、お前たちを排除せねばならぬ」


 白狼族の男。

 冒険者ギルドで聞いた通りであれば、彼が盗賊団の用心棒だ。


 アネモネが、腰の鞘からナイフを抜き構える。

 用心棒は、それを手で制する様な仕草を見せた。


「よせ。わたしは、お前たちとやり合いたくはない」


 悪党の一味らしからぬ言葉に、僕は戸惑う。

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