⑱ 仲良く取り合いましょうね!

 演奏と合図担当の子が優雅にヴァイオリンを奏でる。

 もっと聴いていたいなぁ、というところで急にストップするけれど。それにもだんだん慣れてくる。


『俺が先に座ったんだぁああ!』

『なんだとおおお僕だああ!』


 ……親善とは。


『私が先に座ったのですわ』

『どうぞイリーナ様!』


 イリーナ、強い……。


『はいはい。ちゃんとルール通り、狼の席なら背丈の低い方が譲ってね』

『お前のが低い!』

『そんなことない!』


 ああ結局ケンカになる。


 客観的にこのゲームを眺めていると、やっぱり反射神経がモノをいう、というシビアな現実が見えてくる。

 性格の差というのもある。完全にフェアな勝負なんてどこにも存在しないの。


 んー……?

 なんか、あの子の動き、やたら目を引く……。

 ずば抜けて機敏というの? ひとりだけワンテンポ着席が早い。


 瞬発力が、というなら、軍人の家系で訓練を受けている子はもちろんだけど。

 あの子はそれだけではなくて、急な合図が来ても、少しも“迷い”がない……。


 まぁ、なかなか個性が出て面白いわね、観戦も。




 そろそろ終盤。

 ここで敗退したヨルズが寄ってきた。


『残念だったわね。かなりいいところまできたのに』

『ええ悔しいです。強引に押し出されてしまいました』

『……今、穏便に譲っていたように見えたけど』

『子どもみたいな男子と同じ土俵に立つのはどうかと思ったので』


 思春期の女子も難しいものだ。


 さて、残る椅子はただひとつ。奇しくも、文官と武官の家の子の、ワンオンワンになってしまった。


 ギリギリ歯を鳴らす両者……しかし、たったひとつの椅子なので、明らかに運の要素で勝敗は決まる。


『うおおお俺が優勝だ!』

『くぅっ。私の負けだ』


 ここで優勝者が、高みから手を差し伸べ……。


『お前、温室カールソン家のひ弱息子だと思っていたが、なかなかやるじゃねえか』


『脳筋エドヴァール家の息子よ。なんの、このフェアな戦場で私は実力不足であった。やはり宮廷は役割分担で成り立っていて、どちらが上だの下だのはくだらない』


 ふたりは固い握手を交わした。


『手を取り合ってこの宮廷の荒波を越えていこう!』

『よろしく頼む!』


 拍手が巻き起こる。若者って単じゅ……柔軟でいいな。

 いい雰囲気で終われた。目的を達成したと言える。


『さあ、みんなで片づけして。終礼を行いましょう』




 放課後に入り、私は教務棟に寄る暇もなく、部室へと出向いた。


 今日もシアルヴィは惑星運行儀の開発に全力を注いでいる。彼に手伝えることを聞いたら整理整頓を任された。私も満天の星空を描き出す、惑星運行儀それに興味があるのだけど。

 イリーナは生徒会の活動を終えてからやってきた。それぞれ真剣に取り組んでいた頃。


「あ、もう時間だわ」

『どうしたんですか先生』


「ちょっと用事があって、今日はここまでにさせてもらうわ。帰宅時には戸締りをしっかりしてね」

『『はい』』

 私は急ぎ足で部室を後にした。


『ルリ先生、お忙しそうですわね』

『ユッ……ルリ!!』

『きゃっ!? あ、あら、レイ=ヒルド。ドアは静かに開けてくださいな。……あなた、ずっと授業にも出てませんでしたね』

『ルリは!?』

『まっ、先生を呼び捨てにするだなんて。不良ですわ』

『先生ならたった今、出ていかれたよ。見なかった?』

『どこへ?』

『さぁ、用事としか』

『……』

『レイ君?』

『……行ってしまいましたわ。まったく、慌ただしい』





 美術室倉庫の扉がガラガラっと開く。

『先生、遅れてすみません!』

『いいえ、私もついさっき来たところだから』

 私は机もレッスン用に並べ、彼女、ヨルズの訪れを待っていた。

『じゃあ私からレッスンを始めるわ』

 息せき切っていたヨルズはすぐに呼吸を整え、私に対面する形で着席した。

『よろしくお願いします!』




『──はい、私のレッスンは以上よ。もう質問はないかしら』


『はい、ありがとうございました先生! 自己紹介の、「私ヨズルです」と「私ヨズルです」の違いを理解できたわ!』


『そう、“は”と“が”の使い分けをマスターするだけでもネイティブ感が増すわ』


 呑み込みの早い子だ。ここに選ばれた子たちはみんなそう。血筋だけでなく、本人が血の滲むような努力を続けてきたゆえだろう。


『では、今から私のレッスンですね』


 彼女は立ち上がり、黒板へ向かいだした。


『先生』

『ん?』


 呼ばれたが、私は手持ちの鞄から学習用ノートを探すのを優先している。


『私、本当は……』


 彼女の言葉には耳を立て、しかし、まずはノートを開く。この時の目線はもちろんノート。


 ただ、私の神経は全力で彼女を見つめていた。


 だって、彼女は────。


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