⑥ これってピロートーク??

『──そういうわけで、この城に併設された王立学院の中等部において、“国際交流科”を冠した選抜クラスを設置した。和平への第一歩として』


 今、婿君ダインスレイヴ様と私の絵面はたぶん、おかしなことになっている。


 先ほどの体勢からベッドの上部へ、ふたりで這って上がって。

 そのまま二つ枕に頭を寄せ、添い寝したまま、至極真面目に会話を交わしていたりなんかする。

 散りばめられたマゼンダカラーの花々に囲まれて────。


『貴国が私の祖国、ウルズとの結びつきを大事にお考え下さること、とても光栄に思います』


『スクルドはもう君の第二の祖国だ。“貴国”なんていうのは他人行儀だよ』


 節ばった指の先で私の唇をなぞりながら、そんなふうにのたまう。


 あっ、これは、アンジュが教えてくれた“ピロートーク”なるもの?


『クラスに所属する生徒たちは近い将来、ウルズに視察、滞在する外交官として飛躍する使命を担う。しかし』


『ウルズの文化、言語を専門とする人材がこの地には乏しい、と……』


『やはり言語を教えるにはネイティブでないとな』


 ネイティブには違いないですが……。


『私には教師の経験などございませんが……』


 それ以前に私は貴族社会の構成員として、わずかにも経験を積んでいない。でもそんな恥ずかしい実情、明かせるわけない……。


 そこで彼は腕を伸ばし、私の後ろ頭を優しく撫でた。


『なんですか……?』

 私のほうが3つ年上なのに、そんな、なだめるように……。


『なに、情熱さえあれば! どんなに深く敬愛される師であろうと、初任の時代は必ずある』


 情熱があることにされている。


『ものすごく、重大な任務だと思われますが……』


 私に務まるのかしら。

 というか、そんな大事なお話を……


『なんでベッドの上で寝転んで話しているのでしょうか』


『逃げられたら困るからかな?』


『普通にお話ししてくだされば、ひとまず逃げも隠れもいたしません』


『そうか、引き受けてくれるか』


 ものすごい安心したような笑顔を向けられた。そこまで人材不足なのね……。断交が長かったのだからそれも当然か。


『君の働きに期待している。両国の間に、嵐が吹いても落ちることのない強固な架け橋を、たくさん、この手で創り上げてくれ』


「あ……」

 信頼の言葉と共に、手をぎゅっと握られて。


 なんて温かい手。それに、彼の真剣な顔が徐々に近付いてきて……ええっと、いま一応、ビジネス交渉中なのよね??


『あの……』

『なんだ?』


『この状態を、私の国では「距離感がバグってる」というようです』


 あ、私なにを言ってるの。今、伝えるべきは職務への意欲では?

 急におかしなことを口走ってしまって……すぐに弁解しなくては。


『えっと、これは……あの、その』


 つい口から出てしまった。アンジュが教えてくれた、若者のあいだでよく使われているらしい言葉。私は知らなかったから、覚えるまで反復していて。


 言葉は生もの。そうよ、私も言語教師になるなら、日頃から母国語のブラッシュアップに努めなくては。でも国外にいてそれは難しいことね。ああ、引きこもって人々と交流せずにいた年月が悔やまれる……。


「キョリカン・バグテル?」

「あら」


 カタコトのウルズ語、発音かわいらしい……。


『よしっ覚えた、キョリカンバグテル! 私の初めて覚えたウルズ語だ!』


「! …………」

 かわいい。ものすごくかわいい。立派な大人の男性をこんなふうに思うの、失礼かしら。

 でも言葉を初めて覚えた子どもって、きっとこんな顔するんだって。


『では早速、明日から出勤だ』

『は、はい! ……って、え??』


 今なんておっしゃいました?


『まずは主任の教官室を訪ねてくれ、朝一で!』

『明日?』

『明日』

『準備期間ゼロですか!?』

『しっかり寝てくれ!』


 できる準備は寝ることぐらい!


『では』

 私は起き上がり、ベッドから這い出た。


『ん?』

『寝てきます!』

『あ、ああ……』


 私は勇ましく扉へ向かった。小さな闘志が灯ったのかもしれない。


『ユニヴェール』

『はい?』

 落ち着いた声で呼び止められ、扉の手前で振り向いた。


『君のスクルド語は綺麗だな。どこで習った?』

『綺麗?』


『机上の学習により読み書きができる人間は他にもいるだろうが、聞き取り話せる術を持つそとの者はそういない。君はそれほどまでに流暢で、しかも上品な古典スクルド語に近い。よほど特殊な講師から習ったのだろう』

『ああ……』


 本当のことを言ったら、きっと気味悪く思われる。気がふれた人間だと警戒されるかも。今後久しくこの方の庇護が必要な私にはマイナスとなる。でも私、後ろめたいことは何もない。


 この方に嘘をつきたくない。




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