第22話 アルがやってきて

 その日の午後、お見舞いに来てくれたアル。

 私を見た瞬間、ほっとしたようにため息をついた。


「ライラ、無茶しすぎだ。心配させるな……」

 

「ごめんね、アル。それと、助けてくれてありがとう! ……でも、なんで、アルはあの場にいたの?」


「以前、ライラからパトリックの話を聞いた時、パトリックの学園での様子を調べてみるって言っただろ」


「あ、そう言えば……」


「調べてみたら、学園では、既に二人は恋人だと噂になっていた。どうやら、女のほうが言いふらしていたらしい。留学しているパトリックの兄のルドルフに探りを入れると、ルドルフは、はっきり否定した。パトリックはライラにかなり執着しているから、あり得ないってな」


「え、執着? 私に?」


「パトリックは、小さい頃からライラしか見ていなかったそうだ。だとしたら、変だろう? 言いふらしている女が気になり、詳しく調べようと思っていた時だ。ライラが王都に来て、パトリックの家のパーティーに行くと耳にした。……そうだ、ライラ。俺は怒ってる! 王都に来るなら来るで、俺に連絡しろよ。母上も同じことを言っていたぞ」


「いやいや、アルは王族だよ!? 辺境でお隣さんとして会うのとは違って、さすがに、気軽に連絡はできないよね!?」

 

「そんなこと言って、ライラのことだから連絡が面倒なだけなんだろ? 花の世話以外は、ずぼらだし」


 じとっとした目で見てくるアル。


「ちょっと、失礼な! 私だって、案外、ちゃんとしてるよ! まあ、多分ね? ……ほら、それより、先を続けて。私が公爵家のパーティーに行くと耳にして、それからどうしたの?」


「公爵家のパーティーなら、パトリックと噂になっている女も来るだろう。女の家は、パトリックの家と仕事で関わっているからな。そう思ったら、嫌な予感がした。あわてて、招待状をルドルフ経由で用意してもらい、パーティーへ行った。少し遅れて会場に入ったが、すでに、パトリックと、パトリックに絡みつく女が注目の的になっていた。俺は目立たないように様子を見ていたんだが、あの二人が移動しはじめ、あとをつけるライラが見えた。だから、あわてて追いかけた。やっと追いついたら、階段からライラが落ちてくるし……! ぎりぎりで受け止められたから良かったものの、もう少し遅かったらと思ったら、本当にぞっとした。あの時、俺の寿命は確実に短くなったな。どう責任とってくれる!?」

 

 アルは、私にずいっと近づくと、鋭い眼差しで私を見おろした。


 確かに、階段から人がふってきたら……、うん、恐ろしすぎるよね。

 

 私は、がばっと頭をさげた。


「ご心配をおかけしました! ごめんなさい!」


 すると、頭にポンと手をおかれた。

 頭をあげると、紫色の瞳が優しく私を見つめている。


「ほんとに間に合って良かった。ライラが無事で良かった……。パーティーに行くと決めたあの時の俺。よくやった! とりあえず、生存確認をさせてくれ」


 アルは、そう言うと、私の頭をぐりぐりとなではじめた。

 ふわふわの私の髪がぐしゃぐしゃになるほど、一心不乱になでるアル。

 

 アルのおかげで、今、私はこうして生きていられるんだよね……。

 

「本当にありがとう、アル!」


 私は、思いっきり背伸びをして、手を伸ばした。

 そして、アルの漆黒の髪をなで返す。感謝の気持ちを込めて。


「え、おい、ライラ……? ちょっと、待て!」


 同じことを返しただけなのに、焦りまくるアル。

 その顔に思わず笑ってしまった。

 

 が、その拍子に、記憶のふたが外れたみたい。

 まだ優しかった頃の幼いパトリックの顔が浮かんできて、自然と涙があふれでた。

 

 泣きながら笑う私を、アルはだまって見守ってくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る