第9話 部長なんて聞いてない!


(こういう場所は現世も地獄も変わらないんだな…)

夜の二十時、仕事終わりであろうスーツを着た鬼や仏たちが赤提灯の下、ビールで乾杯している。俺は小走りで居酒屋の立ち並ぶ油臭い飲み屋街を通り抜ける。

「ここかな?」

『焼肉専門店 灼熱地獄』と赤い看板に大胆に筆で書いたような字体で書かれている。いかにも地獄らしいネーミングセンスだ。俺はすでに開きっぱなしの店の入り口にかかったのれんをくぐった。


思ったより普通の店内で入り口近くの畳の席にすでにみんなが揃っていた。

「あ!神無さーん、こっちこっち!」

と安楽さんが真っ先に俺に気づいて手を振っている。

「お、神無きたか」

「神無さんこんばんわ」

「お〜何かと噂の神無くん参戦!」

「皆さんこんばんわ〜遅かったですか?」

思ったより人数少ないんですね新人歓迎会」

俺がそう言うと花園さんが

「うちの会社は毎回こんな感じなの、新入社員とその研修の指導者と課長と部長」

「部長…?」

俺が首を傾げると

「そういえばまだ来てないわね〜」

と花園さんは心配そうに店の入り口を見つめる。

「これは今回はぶちょー来ないで終わる一番平和なエンドかー?」

「ちょ、地獄谷さんもう飲んでるの!?」

「だってー、美味しい酒が目の前にあるのに飲まないなんてアホのすることじゃない?」と言いながら地獄谷さんはハイボールのジョッキに口をつけた。


その瞬間「いらっしゃーせー!」と店員の声が聞こえた。ふと気になって入口の方を見ると、ブロンドのロングヘアにシアー素材のシャツからは色黒の肌が透けて見えるいかにもな『ギャル』の姿がそこにはあった。

(あんなギャルが焼肉屋に?地獄も広いなぁ…)

するとギャルと目が合ってしまった。

(やべ、見てたのバレたかな)

俺はサッと目を逸らした。しかしギャルは何故か俺たちのテーブルに近づいてきた。すると地獄谷さんが

「黒夢部長!遅いですよ〜」

とビールのジョッキを持ったままギャルに言う

「ごめーん待った〜?」

ギャルはマイペースにギャルらしく答え、地獄谷さんの横に座る。

「ぶ、部長…?」

俺が本気で戸惑っていると

「そう!ウチが冥界運行株式会社バス運営部署部長の黒夢で〜す!」

と自己紹介を自らしてくれた。周りの反応からもどうやらなんも関係ない頭のネジが飛んでるギャルではないようだ。

「まぁ…みんな揃った事ですし乾杯します?」

花園さんが六人分ビールを頼む。少ししてビールジョッキが沢山運ばれてきた。

軽く咳払いをして黒夢部長が

「新人さんお二人!これからもよろしくお願いします!乾杯!」

「「乾杯!」」


肉が焼けるのを待つ間、黒夢部長からの質問攻めを受ける。

『どうやってここに就職したの?』とか『タイプの子は〜』とかちょっとセクハラですよって言いたくなることまで質問された。

そんなノリで会話が進んだそしていきなり黒夢部長が切り出した。

「王様ゲームしよ!」

黒夢部長は鼻歌交じりに割り箸にどこからか取り出したのか赤ペンで一から五までの番号と王冠マークを書きはじめていた。

「ちょ、私はやらないですよ?」と静かに焼酎を飲んでいた口帰課長が声を上げた

「上司の命令ですー!みんな強制参加!」

ひどい職権乱用だ…

「うぐぅ…卑怯だ…」

口帰課長が小声で愚痴るが、既に黒夢部長は鼻歌混じりに割り箸に記号を書き終えていた。渋々全員が強制参加することになった。

「よーしできた!じゃあシャッフルして〜」

ウッキウキの黒夢部長から一人一人がシャッフルされた割り箸を引いていった。

「「王様だーれだ!」」

記念すべき最初の王様は花園さん。当の本人は何を命令すべきかあわあわしている。

「じゃあ……みんなでもう一度好きな飲み物頼んで隣の人と乾杯しましょ!」

王様らしからぬ平和な命令で場の空気はホッコリした。俺はウーロンハイを頼んで隣の安楽さんと小さく乾杯をした。

 

早くも割り箸が回収されて第二回王様ゲームが始まった。

「「王様だーれだ!」」

二回目の王様は俺だった。俺はさっきメニュー表でチラッと目にしたタン塩に目をやる。「じゃあ、四番さんがタン塩を俺に奢る!」

「おけまるータン塩ね」黒夢部長が四番だったようだ。安楽さんとかが4番だったら申し訳ないが部長なら性格的に気兼ねなく奢ってもらえる気がした。

奢ってもらったタン塩は独特な食感が抜群に旨味と絡み合っててとても美味しかった。(思ったより部長、いい人?)

俺はそんな気がしていた。


もうそろそろみんなお酒も入ってくる頃、地獄谷さんに関しては起きてるのか寝てるのか分からないほどベロンベロンに酔っている。そんな地獄谷さんを横目に三回目の王様ゲームが始まった。

「「王様だーれだ!」」

黒夢部長が子供のように目を輝かせている。どうやら王様は黒夢部長のようだ。

「じゃあ…五番と二番がキス!!!」

「え?」「ほえ?」「は?」「ええ!?」「ぐがー…」

「だってーここまでだーれも言わないんだもん!きーす!きーす!」

黒夢部長は鬼畜だった。俺は一応女性関係を持つと地獄行きだと言うのにこの場でキスなんかしたら流石にやばい気がするが今俺の持っている割り箸は奇しくも二番の文字が書かれていた。「さあさあ!誰かな〜?」

「二番は…俺です」俺の自己申告を受けて流石にみんなもあわあわしだした。

(五番は誰だ?)

俺がキョロキョロすると、口帰課長が千鳥足でこちらに来た。

「あたし、五番♡キスしないの?おにーさん♡」

俺の中の何かは音を立てて決壊した。

ズキューン

唇と唇が重なる瞬間そんな音がなった気がした。

気がつくとまつ毛が触れ合うくらい近い距離に紅潮した口帰課長の顔があった。俺は速攻で土下座した。

「ごめんなさいいいい!」

「………」

しばらく無言の時間が流れた

「…じゃあ!この辺りでお開きにしますか!」

いくらギャルテンションでも気まずいのか黒夢部長が苦笑いしながら持ちかけた。じゃあお会計しますか…俺は食べ放題一人分のお金を口帰課長に渡した。

若干下を向いていたので表情はよく分からなかったが耳が赤くなっていたのは俺にも分かった。それからの時間は時が重くなったかのようにゆっくり流れた。

焼肉屋を出た後、黒夢部長に呼ばれたのでついていった。

路地裏でタバコを吸っていた。

「タバコなんて身体に悪いですよ?黒夢部長?」

そう言われて何か思ったのか黒夢部長はタバコの火を消した。

そして俺の至近距離に突然吸い付くように近寄ってきた。

「ちょっと話があるんだけどウチと飲み直さない?」

「誘惑ですか?」俺が冗談まじりに言うと

黒夢部長は頬を赤らめてこう言った。

「ウチに…恋を教えてくれない?」

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