第4話 激辛なんて聞いてない!

俺は花園さんに手を掴まれたまま何も言えずにいた。

(今まさか…俺誘われてる!?)

2人の間にまたしても静寂が流れた。

月明かりなんてない地獄の無機質な白い街灯に照らされた

花園さんの顔に陰影がつく。

花園さんの顔は明らかに赤らんでいた。


ごくりと俺は言葉と唾を飲み込んで答える。

「空いてます…」


覚悟した俺がアホだった。


「血の池麻婆豆腐とご飯のセットのお客様〜」


花園さんの前にはまだぐつぐつとした現世の人がイメージする血の池のような

麻婆豆腐が鎮座している。

「あのー…これは一体?」

「ん?さっき店員さんは麻婆豆腐って言ってたわね〜豆腐は好きなんだけど最近食べてないなーって思って」

「えっと…そういうことじゃなくてなんでわざわざ俺と一緒に?」

「ここ、殿方が多くいらっしゃるじゃない?ラーメン屋なんて冥界じゃ珍しいし気になってはいたんだけど…女1人で入るのも気が引けるじゃない?だから神無さんがいてくれたらいいかな〜って…」

「その前に花園さん…仏だから仏教徒だと思うんですけど仏教徒って肉…」

「日本は明治時代に政府が仏教の戒律を緩くして肉を食べることも許可しているからいいのよ!」

今日一の花園さんの大声が狭いラーメン屋に響いた。


「こほん…まぁそんなことは置いといて…あ、神無さんの塩ラーメン来たわよ」

(そんなこと済まされる仏教の戒律……)

そして俺の前にも塩ラーメンが来た。

湯気の上がる透き通った黄金色のスープ、とろとろの味玉、ほろほろの鶏チャーシュー、シャキッとしたねぎ、コリコリのメンマこれ以上これ以下でもない王道メンバーの乗った

俺の中では史上最強にして最高の塩ラーメン。

その名を…極楽塩ラーメン!

(ふおー…安直なネーミングセンスからは考えつかないほど美味しそうなんだが!?)

「うふふ…神無さん今とっても嬉しそう」

「そうですか?でも俺塩ラーメン多分地獄一大好きな人間ですよ!」

「ふふっ…地獄でラーメンを食べれるなんて本当に幸福だと思うわ…」

花園さんはどこか物憂げな表情で一瞬俯いた

「あっ!まさか花園さん俺が食うまで待っててくれてます!?」

「そうね!じゃあ2人とも揃ったし、手を合わせて…いただきます」

「いただきます!」

俺は死んで初のお店の塩ラーメンをほうばった。


実は亡者でも多少お腹は減るようで今週の俺は地獄政府から支給された

水とレトルトのおかゆしか食べておらず、味覚が鋭くなっていたのか

一口目から口の中が鳥と塩の旨み一色に染まった。

麺は程よく中位の細さ、スープをいっぱいに絡ませたストレート麺が

口の中にまさに極楽を作っていた。

「何これ…幸せ…」俺は塩ラーメンの神様に思わず手を合わせた。


一方花園さんは麻婆豆腐をふーふー冷ましながら食べていた。

はむっと頬張ると花園さんの顔が綻んだ。

(美女のふーふー…めっちゃ可愛い)

「なぁに神無さん麻婆豆腐いる?美味しいわよ?」

俺がじっと見ていたので麻婆豆腐が食べたいのかと思ったようだ。

花園さんはニコニコしながらレンゲに麻婆豆腐をすくってふーふーし始めた。

「だめですよ!俺子供じゃあるまいし…」

「いいからほら…あーんして…?」

俺は意を決して花園さんのレンゲに口をつける。


その瞬間一週間のうちに洗練された味覚に異常が発生したのを感じた。

喉の奥が一瞬でヒリヒリとした辛みに潰された。

「くッ…」

俺は思わず机に突っ伏した。

辛いものを食べた反射で汗が滝のように流れ出て

既に机に二、三個汗の水溜りを作っている

(花園さんこんな辛いのあんな幸せな顔で食べてたのか?!)

一方花園さんは机に突っ伏す俺をニコニコ笑顔で見ている。

「神無さん…泣くほど美味しかったの…?」

(違う!!!!!)

この時俺は首を横にふればよかった。

でも俺の中で謎の『男』としてのプライドが語りかけた。


(いいのか?お前男性であることを買われてここに来たんだろ?そんな男がこんな所でわんわん泣いてみろ…花園さんのお前への信頼は地の底だぞ?)

俺は意識が飛びそうになりながらも頷いた

「そうなの?よかった…!結構辛いの大丈夫なのね!私も結構辛いものに自信があるんだけど、神無さんもすごいわね!」

と言って花園さんは俺に向かってもう一口麻婆豆腐を差し出した。

「じゃあ、もう一口だけいる?」

そんな花園さんの声を耳にした所で俺の視界は眩んだ。

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