明日の自分に、四十本の薔薇の花束と幸せも

千桐加蓮

第1話 夏休み終了まで、後一週間

 俺は、本気で誰かを愛してみたいと幼い頃から思っていた。

 覚えている中で、一番古い記憶というのは、すでに施設にいたので、親の顔も知らない。自分に自信が持てない性格で、裏腹のことを言う男子高校生へと成長した。

 そんな奴でも、幼児向け食育番組のクールな料理の戦隊ヒーロー『サクー』としてテレビに映っている。

 アニメと、歌ありダンスありの実写料理パートで、楽しみながら料理のコツや食材の知識が学べる食育番組に、俺は似合わない。

 病んだような考え方をしている自分に、いつも悩まされているのだ。

 現在所属している事務所にスカウトされて、事務所の近くのアパートで一人暮らしをしていた。

 そこから、芸能科がある高校へも通っている。

 そこでも、愛していると本気で言えるような人は、いないような気がしてたまらなく、人付き合いが得意ではない自分は、この芸能科も芸能活動も向いていない。

 頭のどこかではわかっていたし、納得していた。

 けれど、芸能界に入ることを条件に拾われたような俺は向いてはいないと分かっていても、捨てられるのが怖くて逆らうことは出来なかった。


 夏休みの宿題は、模試の対策ドリルや数学のプリントなどの他に、『この世が最後の日の予定を決めよう』という高校生だけが応募出来る作文を学校が団体の部で応募するらしく、学校に所属している俺も当然その作文を夏休み明けに提出しなくてはならなかった。

 別にサボってもいいのだが、現代文の成績に反映されると言われた。

 俺は、現代文どころか、国語系の教科の成績が悪いため、何かを書いて少しでも評定の点数が稼げるのならやってやろうじゃないかと、終業式の日には意気込んではいた。


 しかし、終業式は一か月前に終わっており、今は八月の下旬。ツクツクボウシが鳴いている。

 そして、夏休み終了まで、後一週間というニュースがメディアで報道されている。

 夏休み終了まで後二週間という時は、『今からでも間に合う! 夏の自由研究!』とか、『夏休みも後半! おすすめお出かけスポット!』とかが、お昼番組で流れていた。

 今では残り一週間の間で、俺にとっては難問の残り一つだけになった夏休みの宿題に歓喜することは出来ず、勉強机の上に置いた作文用紙と睨めっこしていた。

 もはや、テレビをつけると夏休みの話題が流れるので、ますます宿題と向き合わなくてはいけないような気がして嫌気がさす。

 そのため、テレビはネット配信サービスでアニメや映画を観るためだけにつけていた。


 食育番組で、同じ戦闘員として出演してる、中学生の女の子二人は夏を満喫しているそうだ。

 昨日の収録で、宿題は終わったかと聞いた時には「もうバッチリ!」と、二人とも満面のキラッキラの笑顔で自慢してきた。

 なんだか、作文一つで睨めっこしている自分が惨めになって、とりあえず苦笑いをした。

 中学生の考えも参考にしようと夏休みの宿題の作文の相談をしたが、「なんですか? 終活の作文を高校生が書いているようなものじゃないですか」と、二人して腹を抱えれるようにして笑われた。

 最後に、「真面目に考える必要ないですよ、今ネットでお金払えばそういうの書いてくれる人いるし、頼んじゃえばいいんじゃないですか」と言われはしたものの、宿題は自分でやりたいという気持ちはあった。


 こういう機会はないのだし、正直に考えて、自分が思ったことを書きたいのだ。

 両親に会ってみたいとか書けばインパクトはあるのだろうが、別に記憶にないのだし、どういう人なのかも知らないのだから、会っても何を話せばいいのか分からない。

 一人が好きだから、一人でいることでもいいのかもしれないけど、なんだか書いていて自分が悲しくなるからやめた。

「どうしよ」

 この機に自分が愛したいと思える人に会いたいと思っていることを書いてもいいのだが、なんだか作文にして提出するのは恥ずかしい。

「アイスでも買ってこよ」

 結局、作文にタイトルも内容も書けずに、名前の欄に『井垣健司いがきけんじ』と書いて、部屋着から私服に着替え、徒歩五分のスーパーに向かった。

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