第11話

 それに性格を我儘女王様にして髪の毛をツインテールドリルにするのは学園に入学してヒロインが現れてからすればいいという結論に至る。


 それにいくら『今日らドリルヘアーにして』と言ってもエマが絶対にやってくれなくなってしまったのだ。

 この髪型はエマの協力なしには実現不可能である。

『マスクウェル様のお姿を拝見しやすいようにハーフアップにしますね』

『マスクウェル様を様々な角度から観察できるようにシンプルなドレスにいたしましょう』

 そう言われていくうちに、だんだんとエマが言っていることに従っている自分に気づく。


 (あれ……?)


 彼女に言われるがままマスクウェルを観察する準備は万端で出陣するようになった。


 (エマは今日もクール可愛いから……まぁ、いっか!)


 ファビオラがエマに小さく手を振ると直ぐに視線を戻すように鋭く睨まれてしまう。

 今日もエマはクールで可愛いのである。

 最近では「ファビオラお嬢様、少々落ち着きましょう」と優しく声をかけてくれることも増えた。

 エマのデレを思い出してファビオラはニヤニヤしていた。


 マスクウェルはファビオラのそんな様子を見て、今日も不機嫌そうに紅茶を飲んでいる。

 視線を戻すと何故かマスクウェルの機嫌も少しよくなったようだ。

 そんな彼を今日もヘラヘラしながら見つめていた。


 ゲームではいつも笑っているはずのキャラが自分の前だけで超塩対応で超冷たい。

 それでも一緒にいられるだけで幸せだと思えるのだから恋とは恐ろしいものである。


 (いつもニコニコしている完璧なマスクウェル殿下は、わたくしの前では絶対に笑わない……でもいいのよ!だって愛に生きるって決めたから)


 ぽちゃん、ぽちゃんと響く音は考えている間、ファビオラはずっと手を動かし続けていた。

 それを見ていたマスクウェルの美しすぎる顔が何故か歪んでいる。

 それすらも愛おしいのだから、もう末期である。



「ふへへ」


「あのさ、いつまで砂糖を入れるつもり?」


「ぐへへ」


「…………」


「えへへ」


「ファビオラ……砂糖を入れ過ぎだよ」


「……………えっ?」



 何となく誰かに名前を呼ばれた気がしたファビオラが手を止めて五秒ほど経っただろうか……そっと顔を上げるとマスクウェルが眉を顰めながらこちらを見ているではないか。


 (今、誰がわたくしの名前を呼んだの?)


 この場には……この席には二人で座っている。

 少し離れた場所では無表情で氷のような視線を向けるエマがいる。


 と、いうことはだ。


 まさかのまさか……マスクウェルが〝ファビオラ〟と名前を呼んでくれたという結論に至る。



「───ッ!?」


「……?」



 あまりの喜びに叫び出したい気持ちを必死で抑え込みながら、ファビオラはブンブンと首を縦に振っていた。

 そんな奇行にマスクウェルはいつものようにドン引きしているのか苦い表情を浮かべている。

 そして自分を落ち着かせようと目の前にあった紅茶を思いきり飲み込んだ時に衝撃的な事件が起こる。



「ブフォ───ッ!」


「!?!?!?」



 砂糖を入れ過ぎて甘くなり過ぎた紅茶が……キラキラと宙を舞った。

 視界の片隅に初めて見るエマが驚いている顔と、すごい速さでファビオラの元に走っている姿が見えた。

 マスクウェルに紅茶が掛からないのは不幸中の幸いといえるだろうか。


 そう思ったファビオラの視界が真っ白に染まった。

 エマが左手に持っていたナプキンが顔を覆ったのだと気づいてファビオラは思いきり咳き込んだ。



「おうぇ……!」



 口元をサッと拭ったエマは、砂糖が山盛りになっていた紅茶のカップを持って音もなく去っていく。

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