紫陽花

この時期見頃の植物と言えば、これしかない。


「紫陽花を見に行きましょう!」


「それは、いいね」


「お、お弁当もありましゅ…」


今日は遠出なのでお弁当を用意した。

自慢じゃないが俺の料理は美味い。

御爺さんもご近所さんもおべっか無しに絶賛してくれる。

なので、是非、有明に美味しいって褒めてもらいたい。

神様がご飯をあまり必要としないのは知ってるけど、褒められたいんだ。

いつもは昼食を済ませてから逢いに来ていたのでお披露目する機会が無かった。

でもデート。

まだ午前中。

正午も一緒。

午後もいつも通り日が落ちる前に月喰山のここへお連れすれば問題ない。

だからお弁当は必要かなって。

…コンセプトはお弁当を食べて頂くデートです、はい。


「ボクのお嫁さんの手料理も、楽しみだ、ね?」


有明さんがにっこり笑ってくれた。

紫陽花よりも綺麗な笑顔が咲いて、俺のお腹は一杯になった。

でもデートはまだ始まってない。

有明さんを楽しませなければっ。

笑顔の有明さんを連れ、俺は車を発進させた。





そもそも助手席に有明さんをお乗せしたの初めてだった訳です。

なので、目的地に到着した俺はグッタリ疲れてしまった。

緊張、した!


「鵜篭クン…大丈夫…?」


「だ、いじょうぶ…です」


有明さんが優しく俺の背中に撫でてくれたのですぐに回復した。

荷物を色々用意しようとしたら、有明さんの使い魔が全部持ってってくれていた。

使い魔を見たことは一度もない。

有明さん曰く「ちょっとコワイ見た目をしているから、ね」と配慮の言葉を頂いたので、姿見せぬ働き者たちへ心の中で感謝を重ねる。


「そ、それじゃあ行きましょうか」


あくまで自然を装って手を差し出す。

内心は心臓が跳ねまわってる。

初めて手を繋ごうと、しておりまするのです。


「うん」


有明さんが俺の手を握ってくれた。

とっても暖かった。

なめらかだった。

みなくてもきれいってわかった。

汗がどばって滲んだ。

指に力が入らない。

だから有明さんがきゅうって力を込め歩き出してくれた。

つれてかれる。

いっしょにあるく。

ああ、デートだ。

俺、今、有明さんとデートしているんだ。

ふわふわし始めた俺を、有明さんが優しく引っ張ってくれた。





紫陽花は、きれいだった。

でも、有明さんはもっと綺麗だった。

お山に紫陽花は咲いてないからか、有明さんが楽しそうに観賞している。

そのご様子に俺は幸せ過ぎて泣きそうだった。

真っ白な有明さんには強烈な青が凄く似合うなぁ。

なんて、有明さんの自然と調和したきれいさに見惚れていた俺の頭に、何かがコツっと当たった。

なんだろうと思う間もなく、雨が降ってくる。


「鵜篭クン、こちらへおいで」


ぐっと肩を抱かれ思考が停止する。


「あ、ありがとうございます…」


顔が、近い。

有明さんが、俺を、じっと、見つめてくれる。


「ふふ…鵜篭クンは、可愛い、ね」


俺は右目の柔かい鴇色の虜だ。

俺はこの色の意味を知っている。

有明さんへの想いで、胸が一杯だ。


「ひゃ…ありがとうございまひ…」


情けない声しか出せない俺を雨から守る為に、有明さんが紫陽花を操ってひさしを作ってくれた。


「…少し、冷えてしまった、ね?」


雨の影響で気温が下がってく。

でも、有明さんが暖かい。


「ぁ…ひ…」


有明さんが作ってくれた紫陽花のひさしが揺れる。

土が濡れた匂い、してもいいのに。


「可愛い、ボクのお嫁さん?」


「は、ひ」


有明さんの香りしかしない。

お香のような匂い、ずっと嗅いでたい。


「ここで、お弁当食べよう、ね?」


俺は頷くことしか出来なかった。

その後の会話もお弁当の感想も心に留まらなくって、ただただ暖かい有明さんに見惚れ続けてしまった。






夕暮れに俺は焦った。

そしてがっかりした。

有明さんをお送りしなければ、と。

もう、デート終わりなんだ、と。


「…」


「…」


どうしよう。

泣きそうだ。

楽しくて幸せの反動がこんなに強烈だなんて。

別れるのが、こんなに辛いなんて。

明日も、逢いに来るのに。

はなれたくない。


「あ、りあけさ」


「鵜篭クン」


「は、い」


有明さんが俺を見つめる。


左目は黄色、有明さんが飲んだ月の色。

白目の部分が黒い右目が不安そうに紫、瞬き神聖を保つように灰色、そこから目を伏せて。


愛情の、籠った、鴇色に。


「帰したく、ない」


真剣な口調だった。

いつもはふんわり甘い声。

今のはなんだか本当に神様のようだった。

返事の出来ない俺の手を取り、有明さんが石段を登っていく。


夜空に、大きな満月が浮かんでいた。

俺の知っている月では無いように感じられた。

俺の知っている神社が無かった。

在るのは真っ赤な鳥居。

その奥に見知らぬ御屋敷が見えた。

もしかしてあれが有明さんの…。


「鵜篭クン」


心臓が痛い。

ドキドキが強すぎる。


「帰さない、よ?」


ぎゅうって、繋いだ手に力が籠められる。

宝石の双玉が煌めている。

お月様を背に、

涙が出る程神々しい、

なのに俺を、

こんなに求めてくれている。

言葉を必死に探した。

なのに何も思いつかない。

なのに口が勝手に動く。


「お、おじいさんに電話、します…」


「うん」


有明さんが弾んだ笑顔で俺のわがままを許してくれた。


あ、止まらない。

止められない。


「大好きです有明さんっ!俺も帰りたくないですっ!」


がっついた本心を大声で叫んでしまう。

すごくかっこわるい。

だけど有明さんは、


「うん、ボクも大好きだよ、鵜篭クン」


ふわりと微笑み、そんな俺の手を引いた。

ああ、今日、離れ離れにならなくて済むんだ。

デートが終わらないんだ。

それが嬉しくって堪らなかった。

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