第12話

痛い。


右目が痛い。


痛い、頭が痛い。


こころが痛い。


どうにもできない現実が痛い。


抉られた傷が痛い。


右側が痛い。


痛い。


忘れたい忘れたい忘れたい。


千里眼を発露する血筋に生まれて、過去か未来か、どちらを見定める目になるか、なんてよく三人で話していた。

仲良く暮らしていた。

それを母がぶち壊した。

そんなことは、嘘だ。

強烈な熱さと痛みと忘れたいと懇願する祈りで、血は彼を守るために彼の願いを叶えた。

すなはち、不愉快なものことを切り離し感じさせない体質にしたのだ。

望んで得て、空気の抵抗を忘れ、痛みを忘れ、身を忘れ、食欲を忘れ、己を忘れ。

姉の命令にだけ頷く日々今日和。

思考するの面倒で疾走劇を演じ続けた。

それを楽しいとも可笑しいとも感じたことはない。

感じることさえ忘れたのだから。

どうでもいいと切り捨て続けたのは、思い出すのが怖かったからだ。

どうにもできない現実と、向き合うのがひたすら怖くて。

たまらなく怖くて痛くて、耳を塞いで蹲ってしまいたくて。

したとしても、現実にはとてもじゃないけれど通用しなくて。


落ちくぼんだ右目の眼窩。

痛烈な痛みを思い出し触ろうとして、少年が柔らかな布をあてがってくれた。

薬付きでぇと言われ彼はそれを押しつけ、垂れそうだった粘膜と薬で貼り付けた。

かなり痛かったが、気分は良かった。

ありがとう、そう言おうと少年に改めて向き直ると。


「おめぇな、急にはっきりしやがるな。驚いたじゃねぇか」


心配するような、それでいて嬉しそうな声色で。

それでも笑ってくれた気がして。

どうしてだか泣きそうになった。

痛くて泣きたかったが、別のなにかで涙が出そうだった。

砂嵐がさってくかのように、落神もどきから人間に戻ったのだから、驚くのも当然だ。

けれどそこに含まれた嬉しそうなという感情を垣間見てしまった。

彼は泣きそうなのを誤魔化したくてついつい、


「うるせぇよ」


乱暴な口調で答えてしまった。

そうだ、自分には声もあったのだ。

久し振りに聞く自分の声は、狐面の少年と似たような感じで安心した。


「大体手ぇ繋ぐんだったら俺ぁおなごがいいぜ」


冗談交じりに手を取り直され、握手状態にされる。

一方的に掴んだのは悪いと思っていた。

いたが、同性でお手手繋いでいいのは小学校上がる前までの気がした彼は、


「んなの俺もだってぇのっ」


ぎゅーっと少年の手を握りしめた。


「こなくそっ、綺麗なあねさまとこうしてぇもんでぇ」


仕返しとばかりに、今度は少年が彼の手を握りしめてくる。

皮膚が歪んで痛い、けれどそれが良い。

ふざけ合えるのが、どうしても良い。


「姉ってお前なぁっ。姉がいねぇからそん幻想いだけんだよっ」


「あねさま女房が良い夫婦の秘訣なんでぇっ」


「俺は絶対同い年っ」


「餓鬼がっ」


「同い年ぐらいだろうがっ」


「俺あおめぇよりいにしえに年上なんでぇ」


「はいそぉですかっ」


「そおだってんでぇ」


そこからはひねりをいれたり、引っ張ってみたりの応酬で。

弾むような言い合いを忘れて、最終的にはどっちが先に足を動かすほど体制を崩すかゲームになっていた。

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